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ガラス蜘蛛[詳細]

目次 著者紹介編集者より関連図書関連情報書評



ミズグモの博物画

ミズグモの驚異

…クリスタルの潜水服をまとい、釣鐘型の水中の部屋を建設する…


空気を呼吸するミズグモ。
にもかかわらず、栄養源である甲殻類の幼虫や
マツモムシは池などの水底に暮らす。
窒息か、飢え死にか。だが突如、ミズグモは天才的なひらめきを得る。
先史時代の闇夜に、いついかにしてなのか……!
今日のエンジニアたちが、橋脚や桟橋、海や河の水中建造物の基礎を
築くために不可欠な釣鐘型潜水器あるいは防水潜函を、
どうやら発明したらしいのだ。



■目次より

I 水中のドラマ
セキショウモ——生涯を水底で、一種の半睡状態で過ごすこの地味な植物は、その婚礼の、英雄的にして悲劇的な美しさによって、特権的な地位を占めるに値する。
II 虫たちの発明
人間に先行して現れたこの地球上で、彼らが人間を排除し、人間に取って代わることになるまで、人間が地球上で唯一恐れるべきライバルである、あの虫たち・・・
III クモ形類
虫の王国において、クモ形類は最も天分に恵まれ、また、最もロマンティックな名を授けられた一族である。
IV さまざまな工夫を凝らして
蜘蛛が深い知性や文明を持つものであること、そして美徳、たとえば人間の世界において英雄的とみなされる自己犠牲を行なうものであることが、はっきり見て取れる。
V ミズグモの仲間たち
これらの蜘蛛たちは、単に空中で生活するだけの蜘蛛と、水という、種全体にとって近寄れないものであった要素を征服したミズグモへの推移の過渡的な現れなのである。
VI ミズグモ、その分類学的描写
ウジェーヌ・シモンが『フランスの蜘蛛類』の中でミズグモに関して記した、分類学的な描写を紹介しておこう。
VII 昆虫学者の仕事
われわれがほとんどまったく知らずにいる幾千もの虫がいる。それらの虫も、やはり生命の根源の近くにいることに変わりはないのだ。
VIII 銀色の蜘蛛たちとの出会いと再会
瓶の中にはやはり、半ダースほどの水銀の玉が、予め夢の中に現れた水銀の玉にそっくりのものが、動き回っていたのである。
IX 発見とその後
要するに、ミズグモは、ほとんど研究されてこなかったのだ。語ってきた者の多くは、人から伝え聞いて、その存在を知っていたにすぎないのではないか。
X 自然の悪戯
二つの死、窒息による死と、飢えによる死の間に囚われながら、ミズグモは、釣鐘型潜水器あるいは防水潜函を、どうやら発明したらしい。
XI クリスタルの潜水服
釣鐘型潜水器は、クリスタルの潜水服という主要な発明の結果生まれたもの、あるいは、副産物にすぎない。
XII 潜水服の形成
つまり、これは、見かけは、銀引きされたクリスタルガラス製のオリーブの実といったところの、実際は、半透明の空気の泡なのだ
XIII 潜水服の正体
水面に到達することがあると、その瞬間、まるで誰かが電気のスイッチに触れたみたいに、明るく輝いていたアンプルは光を失い、破裂し、跡形もなく消えうせてしまう。
XIV 釣鐘、この快適な住い
ミズグモは、より知的で、より人間的で、より要求が多く、もっと頑丈で、広大で、安全で、しかも、快適な住まいを持ちたいと望むのである。
XV 釣鐘の建設方法
「糸とニス」、つまり、蜘蛛は、はっきり異なる二つの分泌物を持っているのである。
XVI プラトーの実験
蜘蛛は、流体静力学、あるいは、気体の作用に関する風変わりな法則をいくつか知っていて、空気を逃がさないような開口部のサイズを正確に計算できるのだ。
XVII ダイヤモンドの釣鐘、結婚、子育て
若いミズグモたちは、装備がすっかり整うと、シャンパンみたいにぱちぱち沸き上がる水銀の小さな泡となって、母親の釣鐘を離れてゆく。
XVII 釣鐘呼吸器
ブロシェ博士が指摘しているとおり、この釣鐘は、まさに、呼吸器そのものと考えられるべきだろう。
XIX どのように知るのか
物理学や博物誌、流体静力学、生物学に関して、蜘蛛が持っている知識は、いったい、どこで獲得されたものなのだろう。
XX 虫の知性
虫における知性は、その使用が生命上どうしても必要なものに対してのみに制限されている、貧しい道具にとどまったのである。
XXI 仮説
われわれには何も分かっていないのだから、どんな説も支持できる、というか、どれを取っても、あまり変わりはない。
XXII 生命の記憶
生命、この知性の遺伝は、生命、この無意識的遺伝と、少しも切り離されてはいないのである。
XXIII 最も奥深い秘密
本能というのは、自然の手から発しているのでないとすれば、生命によって蓄えられてきた、あの先祖代々の経験以外の、何であり得よう。
XXIV 謎の源泉めぐって
知性は、生命のうちに散在しており、仕事に取りかかるために、何らかの伝導体、受信機、触媒といったものを探しているにすぎないのだろうか。

青い泡 —幸福な思い出(1948)—より
 オスタカー/溺死/たらい/ミツバチ/桃の木

解説 メーテルリンクの「美しい人生」 杉本秀太郎(フランス文学)
   「ガラス蜘蛛」雑感 宮下直(クモ学)
訳者あとがき
著者・訳者紹介



■著者紹介:モーリス・メーテルリンク Maurice Maeterlinck

1862年8月29日、ベルギー北部の河港都市、商工業が盛んなゲントに生まれる。ゲント大学で法律を学び、弁護士としての修業を目的にパリに赴くが、パリの文壇に輝く詩人たちとの出会いが、文学の道を決意させた。霧の国ベルギーの幻想的な雰囲気を漂わせた、詩集『温室』や戯曲『マレーヌ姫』『ペレアスとメリザンド』などにより19世紀末の文壇に躍り出た後、1906年作の『青い鳥』が世界的に知られるようになり、1911年にはノーベル文学賞を受賞。
最後の作品となったエッセー『青い泡(ビュル・ブルー)——幸福な思い出』には、こうした文学遍歴と並んで、博物誌好きの祖父や園芸好きの父の影響を強く受けた少年時代の思い出が語られている。ゲント郊外の水辺の大きな別荘や祖父の家は虫や花でいっぱいで、そこで過ごした日々は、楽しい驚きに満ちあふれていた。本書『ガラス蜘蛛』で扱われる水蜘蛛たちとの出会いも、ここに始まる。その後、自らもノルマンディー地方の田園や南仏ニースの郊外に館をかまえて昆虫たちや野の花々に囲まれて暮らしたメーテルリンクは、独自の神秘主義的世界観を反映させた昆虫三部作『蜜蜂の生活』『白蟻の生活』『蟻の生活』や『花の知恵』など、博物文学の名品を残すことになる。『ガラス蜘蛛』は、これらに続いて1932年、70歳の時に刊行された。




■編集者より

「どうか虫を好きにならなくとも、触れなくてもいいですから、虫をキライにならないで下さい」と、宮崎駿監督は短編アニメ映画『水グモもんもん』(2006)のプログラムに記しています。
モーリス・メーテルリンクが「ガラス蜘蛛」と名づけたのは、ほかならない、このミズグモのこと。ガラスびんの中で腹部を空気の層でおおわれた「銀色のクモ」たちに目が釘付けとなったのは7、8歳の頃でした。その記憶を甦らせる再度の出会いは60数年後、今度はこの不思議なクモの追究が始まりました。
クリスタルの潜水服をまとって水中を移動し、空気で満たされた釣鐘型の部屋を造って暮らすミズグモ。体長10ミリから15ミリの小さな生命が織り成す世界は、地球の自然を克服しつつ調和し、知性にあふれ、ムダがありません。その死さえも、継承される種という有機体の一部として取り込まれ、つまり個体の終りを示す死は存在しません。
『青い鳥』の作者として知られるメーテルリンクの作品は、そのほとんどが日本語に翻訳され出版されてきましたが、『ガラス蜘蛛』については初の日本語訳です。
この小さな一冊に込められた小さな虫の営みを読み終えた頃には、闇雲な「虫キライ」は雲散霧消のはず! 原著が綴られてから約80年を経たとはいえ、ヒトよりも何百万年も先行して地球に暮らす虫たちにとっては、一瞬のようなもの。ミズグモは世界のどこかで、もちろん日本列島でも、絶滅危惧種とされながらも生息が確認されてきました。今も、ともに暮らす地球の生命であることに変わりありません。ですから、小川や池で不思議な動きをする気泡には、要注意なのです。 (編集部・田辺澄江)




■関連図書(表示価格は税別)

  • 蜜蜂の生活 モーリス・メーテルリンク 2200円
  • 白蟻の生活 モーリス・メーテルリンク 1800円
  • 蟻の生活 モーリス・メーテルリンク 1900円
  • 花の知恵 モーリス・メーテルリンク 1600円



  • ■関連情報

    2009.2.9-28 リブロ吉祥寺「ふしぎなミズグモBOOK」フェア
    リブロ吉祥寺店 理工書フェアスペースで「ふしぎなミズグモBOOK」フェア開催。三鷹の森ジブリ美術館・土星座で、宮崎駿監督の短編映画「水グモもんもん」が上映(2/1-28)、また、近くの井の頭自然文化園・水生物館でミズグモが飼育され、週末にはミズグモガイドも行われていることから、企画されたもの。詳しくは2009/2/10更新[今週の1枚へ] >>>
    リブロ吉祥寺:ミズグモフェア全体




    ■書評

    日本蜘蛛学会「Acta Arachnologia」書評
    クモの生態のリアルな描写
    クモ屋の視点から注目すべき点としては、緻密な観察に基づく細やかなクモの生態の描写であり、ミズグモの空気室作りの行動や暮らしぶりがリアルに伝わってくる点である。個人的に興味を惹いたのは、空気室の変異に関する記述である。例えば、交接時期にはオスがメスの空気室に対してトンネルを作って接続したり、卵を産むとき産室を別に設けたり、越冬用と夏用とでは空気室の形状が異なるなど、生育段階に応じて住居の構造を変えるようである。このいわゆる「延長された表現型」の可塑性は行動生態学的な視点からとても興味深く、ミズグモを生で見たことのない評者としては、実際にどのような巣を作るのか観察したいという衝動に駆られてしまう。(馬場友希/東京大学農学生命研究科)

    どうぶつと動物園(東京動物園協会) 2009年冬号 新妻昭夫氏書評
    暖炉の炎に照らされながら読みたい1冊
    雪に閉じ込められた夜、暖炉の炎に照らされながら読みたい1冊。水中生活するミズグモの観察記だが、表紙の絵と『ガラス蜘蛛』というタイトルを見ただけで、ほの暗い部屋の壁になにやら幻のように浮かびあがってくるものがある。作者は『青い鳥』のノーベル賞作家。1932年の作品だから、水中での呼吸についての考察などに時代遅れの部分も散見されるが、静かな語り口の文章を一語ずつ噛みしめていると、そんなことなど一向に気にならないのが不思議。小さなクモの神秘的な知恵のひとつひとつに驚き、人間という思いあがりの強い動物の存在の軽さに思いいたる。

    サライ 2008.12.18号紹介
    まるで宝石のような魅力的な小動物の世界
    …ミズグモは、日本でこそ希少種だが、ヨーロッパでは身近な生物で、釣鐘形の空気の塊を潜水服がわりにして水底に棲む。その珍しい生態を、幼少時の思い出とともに、詩的な文章で綴る。

    ふらんす2008.12月号 松原秀一氏書評
    小さな宝石箱のような美しい本
    本書には細やかな心遣いの行き届いた解説(杉本秀太郎)、生命科学者による補言と訳者自身による快い後書きがついている。「虫に弱い」筆者が駄言を弄することも憚られるが、今では、もっぱら『青い鳥』と『ペレアスとメリザンド』でしか想起されないメーテルリンクの心を込めた晩年の著作が、原著にはない挿絵を加えて、小さな宝石箱ような美しい本となって出版されたことに喜びを感じる。

    フランス語圏情報誌「フラン・パルレ」に紹介
    私たちは蜘蛛のことをどれ位知っているだろう。特にミズグモという種類の蜘蛛については?幸せを探す「青い鳥」の話で知られる著者は、詩や戯曲の他、本書のような博物誌を多数残している。著者はミズグモと出会い、この驚くべき水中生活者の生態に魅了され、秘密を辿り、さらには大自然の神秘へと思いを馳せていく。

    週刊朝日 2008.9.12号 土屋敦氏書評
    ミズグモの知性に敬意
    …著者は、昆虫学者たちが虫の誕生や交尾、死などにばかり興味を示すことを批判し、むしろ虫の心理、知性を想像力豊かに描く。たとえば、虫に知性がないという学者たちには、人間の愚かさも似たようなもので、より知性の高い存在が人を観察したら同じように考えるかもしれない、と反論し、太古の昔に、美しく輝く潜水服や水中建築を作ったミズグモの知性に敬意を表わすのである。自然の神秘に対する謙虚な態度と畏敬の念とが、本作品をいっそう美しくしている。

    ズーエクスプレス No.397 (2008.09.12配信)書評
    井の頭自然文化園のミズグモ
    …「ガラス蜘蛛」とは、じつはミズグモのことなのですが、井の頭自然文化園でミズグモの展示が始まって知名度があがったことが、訳書刊行の一助になった……かどうかは不明ながら、訳者あとがきには、井の頭自然文化園のミズグモについて一言触れられています。
    …少年のころ目にしたミズグモに70歳近くになって再開し、ミズグモの世界に惹きつけられてたメーテルリンク氏の博物誌的エッセイ。ミズグモの記録として貴重な刊行物です。
    *「ズーエクスプレス」は都立動物園の公式サイト「東京ズーネット」のメールマガジン。 東京ズーネット内全文はこちら

    ダ・ヴィンチ 2008.9月号に紹介
    水中に釣鐘型の部屋をつくり、その空気を吸って暮らすミズグモの生態を紹介する博物文学。栄養源の甲殻類幼虫、マツムシなどをいかに捕らえるか。生物の神秘がわかる。

    サンデー毎日 2008.8.17号 荒俣宏氏書評
    ミズグモの「知能」に驚く
    メーテルリンクは、博物文学のライバルであるファーブルを意識し、『昆虫記』で扱われた蜘蛛や蜂の記述例を挙げながら、「ファーブルは昆虫の驚くべき生態を、単に機械的な本能の所産として紹介するだけだ」と批判する。動く物を見たら口にいれる、という類の、反射行動だ、と。一方メーテルリンクは、水に入り込んだミズグモが、知性によって「水中のほうが住みやすいこと」を知り、水中生活を選んだのではないか、と考える。最初はサイコロを振るような偶然の出来事だが、結果は永遠に子孫に伝承される。もし虫に知性がないのなら、誰かがそれを教えているに違いない、と。その誰かはメーテルリンクにも答えられない。ただ、その誰かは、われわれ人間の知性と同じく、絶対ではなく、よく間違いも犯す、という一文がすごい。神も間違える、だから絶滅も進化もある。






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