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日本翻訳出版文化賞を受賞して     [ライプニッツ著作集について]
出版社を対象とする第35回日本翻訳出版文化賞(日本翻訳家協会主宰)に『ライプニッツ著作集』を刊行した当社が選ばれ、去る9月30日に神田の学士会館にて授賞式が行なわれました。(『シートン動物記』紀伊国屋書店、『過去と思索』筑摩書房と同時受賞) 本邦初訳はもとより世界に類例のない出版物として認められ、嬉しい限りです。読者のみなさまに感謝の気持ちを申し上げたく思い、授賞式でのスピーチを再録しました。

出版する十分な理由の悲喜こもごも



 このたび第35回日本翻訳出版文化賞を『ライプニッツ著作集』に賜り、まことにありがとうございます。1988年11月に第1巻『論理学』を出して以来、足かけ12年かかってようやく99年3月、第3巻『数学・自然学』をもって全10巻を完結できたプロジェクトだけに、感慨もひとしおです。



 ライプニッツは、この世界でものごとが成り立つには十分な理由があると言いました。
 日本で『ライプニッツ著作集』全10巻を翻訳出版することにも、十分な理由があると確信しておりました。



 第1は、ライプニッツが今日では理科系と文科系に分かれてしまった知を再統合するにあたり、示唆に富むダイナミックな思考法の創案者であったにもかかわらず、原典で読もうとするとフランス語やラテン語、ドイツ語に精通していなければならず、ライプニッツを研究対象に選ぼうとする専門家にとっても、通読するのは困難なこと。



 第2は、ライプニッツは宮仕えをしながら思索を続けたため、生前に刊行された著作は『弁神論』ただ一冊で、あとは論文や手紙、さらには夜更かししながら綴った手書きのメモに重要なアイディアが残されており、テクスト自体がまだすべて活字化されてはいません。ドイツで1923年以来続けられている全集の完結予定は2030年で、これを待ってはシステムの再編・知の再編が叫ばれる今世紀末の窮状に間に合わせること不可能です。定本がないことは、かえって直接ライプニッツ本人と向き合いながら、世界に先がけて彼の精髄にふれる著作集を編めることになりました。



 第3は、ライプニッツは微積分で17から18世紀の数学・物理学を変え、記号論理学で19世紀から20世紀にかけての論理学や数学を刺激し、量子力学や相対性理論、今日のコンピュータ哲学にも多大なヒントをもたらしました。二一世紀は、脳や意識の科学のように、外側から対象を観測するばかりでなく、生きている本人がどう感じどのように考えるかといった内側からのテーマがクローズアップされてくるでしょうが、このときに、ライプニッツの「モナド」の哲学が、科学界に新鮮な息吹をもたらしてくれることと期待をこめて予想しております。



 だいたい以上の三つの理由から、『ライプニッツ著作集』は、単に古典文献を甦らそうという意図からというよりも、私たちがこれからどう生きるかを考えるときの参照枠にしたいという願いをこめて、企画されました。



 ただし、スタートしてから痛感したことは、これまで哲学書の出版で実績のある先行出版社が着手しなかったことにも十分な理由が存在したという事実でした。先の「出版する十分な理由」は、すべてそのまま「出版しない十分な理由」に裏返ってしまうのです。



 第1は、研究者が少ないということは、翻訳者も限られ、読者も未知数。
 第2は、テクストを選ぶこと自体が大変な作業で、無駄も多い。
 第3は、テーマ自体が哲学を超える領域にわたり、内容的にも難しい。



 途中、幾度も座礁の危機がありながらも完結できたのは、ひとえに監修と翻訳の労をお引き受け下さった諸先生の熱意とご努力のおかげでした。本著作集を世界的にも価値のある内容にしてくださった監修者の下村寅太郎、中村幸四郎両先生はすでに逝去され、第1巻『論理学』を訳された澤口昭聿先生、ライプニッツの主要著作「形而上学叙説」(第8巻所収)「モナドロジー」(第9巻所収)を訳された西谷裕作先生もお亡くなりになりました。受賞パーティにお集まりいただけなかったこと、返す返すも残念です。



 またライプニッツにふさわしい造本をしてくださった杉浦康平先生にも心よりお礼申し上げます。「本のたたずまい自体がすでに思想である」として注や図版の入れ方ひとつにいたるまで、精緻な配慮をしていただきました。



 最後に出版社として顕彰いただいたこと、何より有り難く、嬉しく存じます。
『ライプニッツ著作集』が完結できたのは、不定期刊行にもかかわらず、予約購読くださった読者の皆様、またこの間ドラスティックに変わった印刷環境にもかかわらず、一定の品質を保持してくださった印刷・製本現場の方々のおかげであることは改めて申すまでもありません。そしてリスクの大きい出版計画の遂行を認めてくれた中上千里夫・工作舎代表取締役社長の英断と工作舎のスタッフ全員の長期間にわたる支持があって初めて可能なことでした。
 以上万感をこめて、本当にありがとうございました。





編集長・十川治江




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