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                            (左からレメディオス・バロ、レオノーラ・キャリントン、レオノール・フィニ

〜シュルレアリスムと女性芸術家の微妙な関係〜
 
  シュルレアリスムは、ご存じの通り1924年のアンドレ・ブルトンのシュルレアリスム宣言に始まる芸術運動。人間の価値の転換、精神の自由を目指し、美術、詩、文学、政治などの広い範囲で活動。自動記述(思考の流れを解放し、無意識のイメージを表出する自由な連想から生ずるテキスト)やコラージュなどがよく知られています。

 当時シュルレアリスム運動には、多くの綺羅星のような女性芸術家(以外も)が恋人として、その活動にかかわり、男性シュルレアリストたちの創作に影響を与えていましたミューズ」、あるいは「ファム・アンファン(子供のようで純真、純粋、魅惑的な存在)」と称される彼女たちは、熱愛の対象であり、
霊感の源泉としての役割を担っていたわけなのです。

 しかし、一方でそういった女性を理想とするシュルレアリスムに抵抗を覚える女性芸術家も少なくなかったようです。例えばレオノーラ・キャリントンは女性とミューズとの同一視について「たわごとね」と一蹴!!! 生身の個人とも自立した芸術家とも扱われず、彼女たちの芸術的才能が過小評価されていたという状況があったのだから、当然の発言ともいえます。。。

 ともあれ、大胆で美しい彼女たちのこと、男性シュルレアリストの勝手なイメージとは関係なく、自由奔放に創作恋愛を続けました。特に今回紹介する、レオノール・フィニレオノーラ・キャリントンレメディオス・バロは、絵画以外でも、小説や、脚本、物語、詩やテクスト、夢の記述を発表(これらが大変豊饒なイメージを喚起するのです!)。女性画家たちの生活の中では、文学的な表現は男性以上に中心的な役割を果たしていました。その多くは絵の構想についてのものであったり、自らのシュルレアリスム的ヴィジョンを展開する手段となったりしています。
 
 
今回の特集では特に彼女たちの生涯と、文章家(
絵画だけではない!)としての魅力をご紹介したいと思います。


 

    
1孤高の幻想世界を構築する美術家・作家
 
 
  彼女の現実生活は、
 コルシカ島の廃墟となった僧院で
  数十匹のに囲まれた状況の中で成立している
 

スフィンクスの画家・・・
 南米ブエノス・アイレス生まれ(父親アルゼンチン人・母親イタリア人)。幼年時代をトリエステで過ごし、国際的な中心地の多民族的な混血文化の遺産を吸収。この地で17歳の時に個展を開いたことを契機に、単身パリへ。ポール・エリュアール、マックス・エルンスト、ジョルジュ・バタイユらと親交を結びましたが、シュルレアリスムグループにどっぷりつかることはありませんでした(何でもブルトン嫌いだったらしい!?)

 というのも、彼女は
「美しく、傲然として、情熱支配された女性」であり、自律した絶対的な女性という立場を、芸術においても、生活上でも押し通したからです。彼女は、結婚やシュルレアリスト的な相手の交替(恋愛のたびごとに一人の相手に唯一の愛を求めていく)に背を向け、しばしば2人の男性と、共同体的な生活を送ったりもしていました。彼女曰く「一人は友だちというよりむしろ恋人で、もう一人は恋人というより友だち」という関係だというのですが…また彼女は男性を両性具有者としてみなしていた(!)とも。性の解放を積極的に要求したことでレズビアンであるとの誤解(?)もあったようです。

 フィニを語る上で忘れてはならないのは「猫」です。好んで猫を描きましたが、彼女にとって猫は、愛玩動物ではなく、人格を備えた存在で。さらには人間をも凌駕せんとする、親しくてまた同時に謎にみちた存在者「スフィンクス」(ボードレールの『悪の華』で猫をそう揶揄している)に近いとか。その猫への敬意と愛情が、彼女のシュルレアリスム小説『夢先案内猫』にもみられます。この作品には夢と現実の隙間に広がる、深遠なフィニ独特の世界が凝縮され、「猫」の魔力に眩惑されます。


「ほら、猫は血を呑んでいるんだ」
「僕の血だ。猫よ!さあ呑むんだ。君は僕の秘密を知るだろう、そして間もなく僕は君の秘密を知るだろうさ。」
(『夢先案内猫』より)

 そのほか、彼女の仕事には舞台衣装や舞台装置、宝石のデザイン、小説や詩などの挿し絵があり、シュルレアリスムにおける倒錯したサド的イメージを与えたのも彼女でした!

 そうそう、彼女のエピソードで特筆すべきは、 コルシカ島の廃墟となっていた僧院を買い取り、アトリエとして使っていた別荘で数十匹の猫に囲まれながら生活していたということ。何と孤高で神秘的な女性であったのでしょう!彼女への憧憬は強くなるばかりです。




 
1夢の底への下降・魂の神秘の遍歴を紡ぐ、画家であり作家


エルンストに霊感を与えたミューズ・・・
 イギリスのランカシャーで、裕福な実業家を父にアイルランド人を母に生まれる。17歳で社交界デビューするが、飽きたらず、父親の反対を押し切ってロンドンの美術学校に進みました。

 1937年、ロンドンでマックス・エルンスト(絵画の分野でブルトンの理論の最も才能ある実践者)と運命の出会いを果たします。エルンストは彼の「風の花嫁」であるキャリントンのために妻を捨てたのです。2人は第二次世界大戦が始まり、エルンストが敵国人として抑留されるまで生活を共にしました。そこで、キャリントンは最初の短編「恐怖の館」と「卵型の貴婦人」を書き、エルンストの挿し絵をつけて出版。ところが、
1940年エルンストが逮捕され、強制収容所に連行されると、ひとり残された彼女は徐々に精神のバランスを失い、スペインの精神病院へ。その狂気の記録が「ダウン・ビロウ」です。

恐怖の館
ダウン・ビロウ(狂気の体験の手記)
より
---私の胃は社会の基底で、私を地球のすべての要素に結びつけていました。私の胃は地球の鏡であり、そこに映る像は、鏡に映る人物像と同じように実在のものだったのです。鏡─私の胃─は、地球を的確に明確に忠実に映し出すために、厚く積もった汚物の層(公認の因習)を吐き出さなければなりませんでした。この場合「地球」という言葉で、私は微生物の太陽系の星や太陽や地球を指すと同様に、もちろん空と地上のすべての地球や星や太陽を指しています---

■キャリントンとバロ──「内なる火」で結ばれた友情──『耳ラッパ
 1942年キャリントンはメキシコに亡命します。そこでバロと深い友情を結び、一緒に新しいスタイルの絵画をつくろうとしました。また神秘主義に夢中になり、夢想や物語や魔術的な運命を共有。彼女たちにとって精神の変革への道は女性の変革への道でもあると考えて、1950年代の初期にはチベットのタントラ禅宗(鈴木大拙とも交流が)に傾倒。グルジェフ一派に属するようになったりもしました!

 そのころ書かれた『耳ラッパ』は破格の遊戯的精神と想像力に満ちた小説で、主人公の92歳のマリアンはキャリントン自身がモデル、その親友カルメラはバロがモデルとなっています。「70歳以下の人間と7歳以下の人間を信用してはだめよ。猫でもないかぎりね」というマリアンとカルメラの言葉どおり、権威と世間の常識を脱ぎ捨てた自由な魂が生息できる不思議な老人ホームがその舞台です。『耳ラッパ』を読むと、彼女が(芸術上でも、生活上でも)料理や裁縫や育児といった女性の日々の生活のイメージの中の秘密の探求を第一にしているのがよくわかります。






 
 
エルンストによるコラージュ『恐怖の館』より
「彼女は微かに馬に似ていた・・・」
 


科学と詩をユーモアで結合する夢幻の画家



シュルレアリスト・グループの「ファム・アンファン」
 カタロニア生まれ。幼い頃から父親の仕事の関係でスペインや北アフリカを転々としました。彼女は父から科学への興味を受け継ぎ、機械製図が得意でもありました。21歳で美術学校の同級生と結婚してフランスに遊学。その短い結婚生活のあと、当時すでにアヴァンギャルドな雰囲気のあったバルセロナに移り、シュルレアリストの詩人、バンジャマン・ペレと恋に落ち、結婚します。そしてペレと共にパリに住み、ブルトンを中心とするシュルレアリスト・グループと交流。当時を振り返り彼女は「… 私は彼ら(シュルレアリスムの中心人物たち)と対等に話せるほど年をとってもいなかったし、沈着でもなかった…私は口をぽかんと開けて、聡明で才能の溢れた人々の集団の中にいました。私が彼らと共にいたのは、彼らにある親和力を感じていたからなのです…」とコメントしています。
 41年大戦のヨーロッパから、ペレとメキシコへ亡命。キャリントンをはじめとする亡命シュルレアリストたちとボヘミアン生活をおくるようになりました。ペレの帰国後もメキシコに残りましたが、63年、心臓発作で急逝。
 
■『夢魔のレシピ
彼女の文章には常に遊び心と諷刺が込められていて、ユーモア感覚が絶妙!『夢魔のレシピ』は彼女のテクストの断片集ですが、その出所は彼女の11冊のノート。なかにはアイディアの萌芽のようなデッサンの描きなぐりや、夢の記述やレシピなどが鉛筆で記されています。またキャリントンと戯れに描いたようなデッサンや戯曲も。バロにとって自動記述はアイデアを描き出す方法でした。このノートには自動記述も多く見られます。バロのイメージの流れには、意識的な言葉遊び(物語)が関連性をもって次の流れを起こすことがわかります。(1950年に画風を確立する頃には自動記述理論を離れている)

知らないひとへの手紙
バロは友人たちとシュルレアリスト・ゲームをよくしましたが、中でも知らない人へ手紙を書くことは彼女の得意な遊びでした。この手紙には細やかな心理分析や観察に優れていたバロが、ユーモアたっぷりに相手を誘導する過程が記され、大変面白い。キャリントンの『耳ラッパ』にもカルメラが行う遊びとして登場しています。


悪夢と不眠症とベッドの下の砂地獄を追い払うレシピとアドバイス*アラビア語翻訳
この テクストではユーモアをたっぷり込めて、一神教とその予言者への妄信を批判したりもしています。

ホモ・ローダンス
バロは友人の医師と共作をして、専門家を気取った口調で疑似学術論文を創作。そして論文にしたがって鳥や魚の骨を使ってオブジェまで作り上げました。見事な職人技!

自作の仮装衣装で変装を愉しむバロ


「私には特別な(魔術的・霊的)能力があるのではなく、物の因果関係を見抜く力があると思います。」



ホモ・ローダンス↑
 




レオノール・フィニ
◎『夢先案内猫』レオノール・フィニ (著) 工作舎  詳細(目次など)>>> 
◎『レオノール・フィニーの仮面』ピエール・ド・マンディアルグ
(著) サバト館 
◎『幻想の肖像』  渋澤 龍彦
(著)   河出文庫 ←澁澤もフィニに相当ご心酔でした!
◎『幻想の画廊から—渋澤龍彦コレクション』 河出文庫  
 
レオノーラ・キャリントン 
◎『恐怖の館』 レオノーラ・キャリントン
(著) 工作舎  詳細>>>
◎『耳ラッパ』 レオノーラ・キャリントン
(著) 工作舎 詳細>>>
◎『レオノーラ・キャリントン  フェミニズム・アート 』 野中 雅代
(著)  彩樹社 ←上記2冊の訳者がインタビューを交え、キャリントンの素顔に迫る

レメディオス・バロ
◎『夢魔のレシピ』レメディオス・バロ
(著) 工作舎  詳細>>>
◎『Remedios Varo: Unexpected Journey』 Janet A. Kaplan ←洋書ですがバロの絵画に触れることのできる貴重な一冊

シュルレアリスム、そして「ミューズ」「ファム・アンファン」・・・

◎『ナジャ』アンドレ・ブルトン(著) 岩波文庫
「シュルレアリスムにおける、精神的な愛と肉体的な愛との間の緊張状態、自由と依存、感情の解放と束縛について、この作品ほど劇的にあらわしているものは他にない」といった半自伝的書。透視能力をもった精神障害のある若い女(ナジャ)に、ブルトンが関心を示す物語で、実際の彼らの交際は、施設の入り口で終わったといいます…壮絶な愛。

◎『カルメル・修道会に入ろうとしたある少女の夢』M・エルンスト(著) 河出文庫  
最初のシュルレアリスムの「ファム・アンファン」はマリー=ベルト・オーランシュという美少女。彼女は、マックス・エルンストが1927年に出会って結婚した女性で、この彼のコラージュ小説にインスピレーションを与えた人物でもあります。

◎『ジャスミンおとこ』ウニカ・チュルン(著) みすず書房
1953年、チュルンはベルリンでハンス・ベルメールに出会い、パリへ赴き、共に創作活動を展開。(ベルメールによる彼女の緊縛写真は有名)しかし精神分裂症の発作を起こし、長い療養生活をおくります。この小説は病中の印象を回復後に記録したもの。彼女は耐え難い生活に疲れ果て、窓から身を投じ、絶命。

◎ 『The Diary of Frida Kahlo: An Intimate Self-Portrait』Frida Kahlo (著) Sarah M. Lowe (著) Carlos Fuentes (著)
フリーダ・カーロが晩年につけていた日記を中心に、自画像、素描、いたずら書き、彩色画なども収録。フリーダの苦悩の表現が強烈に迫ってきます。

◎『超現実主義宣言』アンドレ・ブルトン
(著)  生田 耕作=訳  中公文庫  ←生田訳はやはり素晴らしい。
◎『シュルレアリスム宣言;溶ける魚』アンドレ・ブルトン (著)  巌谷 国士 訳 岩波文庫
◎『シュルレアリスムとは何か』    巌谷 国士 (著)  ちくま学芸文庫
◎『シュルセクシュアリティ』ホイットニー・チャドウィック (著) PARCO出版  ←今回の特集の教科書でした。図版満載でとても興味深い。
◎『夜想13 シュルレアリスム』 ペヨトル工房 ←古書で。