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本の仕事人
#004 あゆみブックス新百合ヶ丘店 店長 大野浩昭さん

本好きなお客さまのための書店でありたい。

 

店の姿勢を凝縮させた新刊台は、「とりあえずここに来れば何かある」という演出。なるほど、ベストセラーから通好みまでさまざま。


小出版社の本は待っているだけでは配本が来ない。中央の『太田垣蓮月』(杉本秀太郎/青幻舎)もそうした一冊。気になって発注した。


『植草甚一スクラップブック』(晶文社)を両手に持つ大野さん。「J・J(植草甚一)や森茉莉など、ひと昔前の文化人の本を大切に置きたい」


「昔でいえばリブロの今泉棚(*3)だとかABC(*4)、今はジュンク堂(*5)や六本木TSUTAYA(*6)の棚が話題だけれど、規模や集客があればできること。志がある書店員なら、そういう自負を持っているはずですよ」


理想は会員制の書店。会費をもらう代わりに、どんな本でも探しますというサービスがいい。ホテルのコンシェルジェのように。


著者も編集者も営業マンも書店員もみんながんばっているのに本が売れないなら、何をやってもダメということ。出版が滅びるなら滅びるのもまた美学かもしれない。


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あゆみブックス新百合ヶ丘店


住所 神奈川県川崎市上麻生1-5-2 日土地新百合ヶ丘ビル1F

※2005.2.28 閉店



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  • 009 海文堂書店 平野義昌さん
  • 008 往来堂書店 笈入建志さん
  • 007 ジュンク堂書店新宿店 土井智仁さん
  • 006 青山BC六本木店 柳澤隆一さん
  • 005 江崎書店成城店 千葉茂之さん
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    ■ベッドタウンで、通もうなる濃い品揃え

     新宿から小田急線急行で30分、新百合ヶ丘はベッドタウンとして開発された街。駅前には大型ショッピングセンターが建ち並び、4軒の書店が競合している。その中で、あゆみブックスは文芸・人文・アートの濃い品揃えに定評がある。この店のピークは夜8時から10時。会社帰りに立ち寄る常連客も多い。郊外駅前店ならではの棚づくりを大野店長にお聞きした。

     大野店長は前職がディスカウントショップ店員という異色の経歴の持ち主。交通事故に遭い、「ヒマなときに本が読める」と、リハビリ気分で山梨の書店で働き始めたところ、いきなり人文担当に指名されたという。リハビリ気分もぶっ飛んだ。

    「初めてだからわかりませんって言うのが悔しくて、目録を読んだり、『ブックマップ』を購入して勉強しましたね」。もともと中学時代から『objet magazine 遊』を読み、芝居や音楽に傾倒していたからか、自然に人文の世界にもはまっていった。常備を出版社別に並べただけだった棚は、いつしか通をうならせる棚に。23歳のことだ。

    ■ここで置かなければ、地域のお客さまの目に触れない本

     他の書店の店長職を経て、10年前からあゆみブックス新百合ヶ丘店で働く。この店のライバルは、お客さまの勤務先近くにある都心の大手書店だ。数量では圧倒されてしまうライバルに打ち勝つには、品揃えと棚組みに戦略をたてる。

     例えば思想の棚で旬の中島義道と内田樹の著書をどう置くか。 「大手書店なら、カント哲学者の中島さんの本はカントのコーナーに、レヴィナス研究者の内田さんはユダヤ思想に、と研究分野に合わせて置くでしょう。けれど、うちではおふたりの本を並べて置きます。読者は哲学の入門的なエッセイとして中島さんと内田さんを読むからです」

     文脈がおかしいことは承知のうえ。その本を求めるお客さまが探せるように、わかりやすく置くことが第一だ。 「僕らの規模の書店で文脈に沿った棚をつくろうとすると本がはみ出てしまう。そこで何を残すか(*1)によって書店の姿勢とか見識が出るんだと思います」

     動きがスローペースの専門書には、長期的な視野も必要となる。みすず書房や岩波書店の本が並んでいないと、新刊さえも入らないと思うもの。実際すぐに売れるとは限らず、しかも注目してくれるお客さまはすでに持っていたり。しかし、既刊をある程度揃えることによって「この版元の新刊が入る」という期待感を持たせることに意義がある。

    「この地域の中で、当店が注文を取らねばお客さまの目に触れまいという本がいっぱいあるわけです。厳しいなと思っても頑張って仕入れようと思う。その代わり、これを置くスペースが必要だから、どこの書店にもあるような本は置きません」

    「本屋はセレクトショップ」が持論だ。「この本屋にあるなら面白い本だろうと思っていただけたら、最高ですよね」

    ■「出版は文化」という覚悟を

     こうして練り上げられた棚は、常連客を呼ぶ。「いい書店だとか、いい棚だとお客さまに誉めていただくこともありますが、そうおっしゃるお客さまがいい棚にしてくださったんです。書店だけの努力じゃできません。逆に、どこに行っても同じ品揃えの金太郎飴書店という批判がありましたけれど、それはそこに来るお客さまが金太郎だからです。お客さまの眼が肥えていればそうはなりません」

     だからこそ「書店員の恣意的な分類」はいらないと苦言を呈する。個性派書店がテーマ性のある棚をつくり、人気を呼んでいるだけに穏やかではない。「本を選ぶのはお客さま。適切な棚に適切に並べることがお客さまへのいちばんのサービスです」。特殊なジャンル分けをすることで、探す力のある人が探せなくなると危惧する。

    「読者が本を選べなくなったというけれど、自分の選ぶ力や自分を知る現場として本屋は機能するべきです。そういう文化を大切にしたい」

     本屋であること、出版に携わるということに中途半端ではない気概を感じる。「藤脇さんの『出版幻想論』(*2)で否定されたけれど、出版は文化を伝えるという使命があると思います。出版界を堅気(カタギ)と思っちゃいけない。金を儲けたかったら他の業界に行けばいい。給料も安い、労働時間も長い、それでもこの業界にいるのは、覚悟があるからです」

    ■うるさいと思われても、本を大切に扱う書店に

     ケータイ、テレビゲーム、ネット、本を読む時間を奪うモノはみんな敵。「うちの店にはケータイ本もテレビガイドもあまりありません。そのぶん文庫1冊でも読んでもらったほうがいい。本気で憎んでいるわけじゃないですが、書店の店長という立場上、演じることも必要。うるさ型で結構、そうあらねばいけないと思います」

     そういえば、うるさい頑固親父がいなくなって久しい。書店空間にも非常識な客が増殖している。商品の上にカバンを置く主婦、ソフトクリームをなめながら入ってくる子ども、時刻表ならメモしてもいいだろうと開き直るサラリーマン…一人ひとり丁重に注意する。うるさがられても、「心あるお客さまから、そんな非常識な行為を許す書店と思われたくないですから」。柔和な大野店長の表情が引き締まった。

     本を愛しお客さまを愛する、昔カタギの書店員がここにいる。


    註:
    *1 棚に残す
    書店が注文しなくても新刊が取次から配本されるので、売れ行き次第で返品する本、残す本と選り分ける。そうして棚は新陳代謝していく。

    *2 藤脇邦夫『出版幻想論』…太田出版/1994年刊。出版社営業マンである著者が出版=意義ある文化事業の良書幻想を斬る。10年前、出版業界の話題をさらった。

    *3 リブロの今泉棚…80年代、リブロ池袋店の今泉正光氏がつくった人文棚。思想書を軽々と売り、ニューアカデミズムの砦となった。アメリカ文化、精神世界など、当時の時代状況を体現したテーマを次々と打ち出し、ジャンルを横断した棚づくりが業界に衝撃を与えた。

    *4 ABC…青山ブックセンターの愛称。突然の倒産後、多くのファンの声援を受けて復活したことも記憶に新しい。アート、人文、洋書に厚く、面陳を多用した棚づくりで、本自体のアート性を浮き上がらせた。ことに深夜営業する六本木店は、夜な夜なクリエイターが集い、80〜90年代カルチャーの発信地であった。

    *5 ジュンク堂書店…1000坪の新宿店がオープンしたばかり。池袋店は1700坪で日本一の大きさ。高い棚いっぱいに書籍が並ぶさまは、まるで図書館のよう。専門書の充実した品揃えに定評がある。

    *6 六本木TSUTAYA…六本木ヒルズに誕生。カフェが隣接し、雑誌やビジュアル本が中心ながら、書籍も多数。紀行の中に文芸・人文書までもが国ごとに並び、新しい流れとして話題を呼ぶ。


    2004.11 取材・文 岩下祐子


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