■3000坪もの巨大な書店空間
「台湾の書店が面白い、特に誠品書店はすごい」。アジアの出版文化に造詣の深い杉浦康平氏(*1)の言葉を編集者から聞いて以来、その書店の名はしっかりインプットされていた。
誠品書店は台湾屈指の書店チェーンとして、台北市内に20数店、台湾内では50もの店舗を持つ。とりわけ24時間営業の敦南店は、ガイドブックにも紹介される名所という。その1号店オープンは1989年に過ぎず、20年にも満たない歴史に驚く。
そして、今回紹介する信義店は、2006年1月に満を侍してオープンさせた旗艦店だ。ビル自体は地下2Fから地上6Fまで7500坪。そのうち書籍は2Fから5Fまで3000坪、書籍冊数は100万冊を誇り、名実ともにアジア最大級の書店である。
他の店舗もそうだが、誠品書店はカフェやファッション雑貨店の併設が大きな特徴となっている。ファッションビルの中に書店が間借りするのではない、書店がカフェをテナントに迎えている。そのため、デパートのように思えるが、一般のデパートと違うのは書店が核ということだ。ここ信義店は地下2Fがフードコート、地下1Fと地上1Fがファッション雑貨、6Fがチャイニーズキュージーヌのレストランと、イベントホール。5Fも児童館として、本からベビー服、おもちゃ、家具まで、子供用品がなんでもそろう。
■コーナーごとに異なる空間デザイン
さて、肝心の書店空間を案内しよう。すべてのフロア、コーナーを通していえるのが、ゆったりした通路、落ち着いた配色、円や流線型を多用した什器、モダンな天井の装飾。それがコーナーごとに表情を変える。そして、椅子やソファが十分に用意されているのだが、座り読みの人が後を絶たない。いたるところで床に座り込んで読んでいる。これは台湾の文化だろうか。また、1冊の本でも中国語版・日本語版・英語版を並べることも少なくなく、言葉のカベの低さもうらやましい文化のちがいだ。
2Fは新刊、雑誌、旅行ガイド、ビジネス、語学が展開する。旅行ガイド、ビジネス、語学の各コーナーは、3対の円形の書棚で構成され、その中にはベンチスペースをもうけている。広い新刊コーナーの天井には、扇風機のような鳥のような羽のオブジェが注意をひく。台湾の有名なデザイナー作の、エレクトリカルなオブジェだ。
3Fは文学、人文、社会科学、理工、自然・ポピュラーサイエンス、健康、料理。さらに簡体館というコーナーには、簡体字を使う中国大陸の書籍を集める。ちなみに同じ中国語圏でも、大陸は簡略化された漢字の簡体字、台湾では、旧字体ともいえる繁体字を用いる。日本の書籍の翻訳も多く、文芸では宮部みゆきを筆頭としたミステリーが大人気だという。『姑獲鳥の夏』の販促ディスプレイも大胆に空間を使い、見事。日本のマンガもブームだ。
このフロアの特徴はコーナーごとの装いの違い。海外文学は木目調の什器に、ランプのやさしい光が落ち着きを与える。まるで書斎のような空間だ。社会科学になると、黒を基調としたソリッドな雰囲気に。さらに、料理コーナーには本格的なシステムキッチン(*2)を装備し、実際に調理してレシピ本の販促に一役買うそうだ。
■日本語出版物の専門エリアまでも
4Fは、日文書店、芸術書店、音楽館、文具館というテーマ性の強い書店・ショップの集合体となる。日文書店とは誠品書店の一部門なのだが、日本語出版物を中心にCDや雑貨までそろえた、まるごと日本文化のエリア。白とシルバーで統一された近未来的なたたずまいに、日本に対するイメージがうかがえる。ここに工作舍の本を多数置いていただいていた(*3)。杉浦氏の『宇宙を叩く』はもちろん、『形の文化誌』シリーズ、『茶室とインテリア』などなど。他にも歴史・アートなどジャンルごとに多くの書籍・雑誌が並ぶ。つい最近まで常駐した日本人スタッフが作りあげた棚だ。残念ながら、今回連絡をしたときにはすでに、日本に帰国されていた。
このフロアのもうひとつの見所は、芸術書店。建築・デザイン・写真・絵画など、およそ芸術の枠に入る本はすべて一堂に会する。デザイン棚には杉浦氏の『疾風迅雷』が鎮座するが、表紙がちがう。台湾版だ(*4)。実は杉浦氏、6月に誠品書店で講演をし、そのため7月まで大掛かりなフェアを開催していたという。万物照応劇場のシリーズの台湾版もあれば、『アジアの本・文字・デザイン』は日中両方のバージョンがある。台湾デザイン界でも杉浦氏人気は高い。
■文化発信センターとしての書店の役割
日本では千坪級大型書店の相次ぐ出店にあたふたしていたのだが、台湾には日本をはるかに凌ぐ巨大な書店空間が出現していた。優れた空間設計、レストラン、ファッションも含めた流行発信的側面もあわせ持ち、トータルな文化施設としての存在感をアピールする。しかも、この信義店だけが突出しているわけではないようだ。台湾の書店水準は高く、台北101にあるページワンも優れた書店だった。杉浦氏が紹介するようにブックデザインをはじめとした出版への意識が高いからか(*5)。台湾、そしてアジアの出版界から目が離せそうもない。
註:
*1 杉浦康平…日本を代表するグラフィック・デザイナー。台湾、韓国、中国本土での講演も多く、『日本のかたち・アジアのカタチ』『かたち誕生』は台湾版、韓国版、中国語版が発売。アジアの出版人との交流も深く、『アジアの本・文字・デザイン』(トランスアート)に詳しい。
*2 システムキッチン…
*3 日文書店の工作舎本…
*4 芸術書店の杉浦康平著作…
オレンジ色の表紙が台湾版『疾風迅雷』。
*5 台湾の出版意識… 『中国・台湾の出版事情』(島崎英威著/出版メディアパル)が資料として参考になる。中国本土の出版社約600社に比べ、台湾は7000社超。ただし、台湾の出版興隆も比較的新しく、戒厳令の解かれた1987年以降に一気に増大したという。出版は政治に左右される。
2007.8.23 取材・文 岩下祐子
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