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ルネサンス・バロックのブックガイド

第6回
パオロ・ロッシ 『普遍の鍵 新装版

◉清瀬 卓=訳・国書刊行会・2012年・412頁


『普遍の鍵 新装版』

自然を理解する、事物の本質を表す言語を創造する、百科全書的な知識の分類体系を築く。そのための方法論や認識のあり方は「普遍の鍵」と呼ばれていた。本書は、13世紀の哲学者・神学者ライムンドゥス・ルルス(Raimundus Lullus, c. 1232-c. 1315)の結合術を出発点として、古代ギリシア・ローマ以来の記憶術やカバラ主義の伝統が複雑に絡み合いながら、ルネサンスや17世紀以降のヨーロッパ思想に多大な影響を与えていた興味深い歴史を描く。

第一章では、イメージと場所記憶という記憶術にかかわる重要な主題が論じられる。修辞学と教育学の領域で多くの記憶術書が著されたという。それらの書物を詳細にみていくことで、記憶術とは何かを分析していく。つづく第二章は、16世紀におけるルルス主義の方法論を解説するとともに、古代ローマの哲学者キケロ(Cicero, 106-43 BC)に連なる記憶術の伝統と出会いや、イギリス、ドイツ、フランスへと波及していく様子が示される。第三章では「世界劇場」と呼ばれる、論理学と劇場に共通する言葉と物の関係を重視した大掛かりな記憶術が解説される。第四章では、イタリアのドミニコ会修道士ジョルダーノ・ブルーノ(Giordano Bruno, 1548-1600)が主役となる。彼の著作を通して、記憶術がルルス思想や象徴主義とかかわり、百科全書といった実践的な知の再編に関心が生まれていく様子が描かれる。

ここから物語は17世紀の哲学者ベイコン(Francis Bacon, 1561-1626)やデカルト(René Descartes, 1596-1650)の著作へと入っていく。第五章から第八章にかけて、論理学や百科全書思想、普遍言語の形成の問題がここまで論じられてきた記憶術の伝統に接続される。こうして本書はヨーロッパ思想の根底にある記憶術の壮大な系譜を浮かび上がらせるのだ。

原書は1960年に出版され、1983年に増補改訂された。著者はルネサンス研究の泰斗E・ガレンの影響下にあり、実証的に論証していく筆運びは圧巻である。また本書は、イギリスの思想史家F・イエイツの著作とならぶ先駆的な研究でもある。一般読者には馴染みのない人名や用語が数多く登場するが、巻末に簡便な解説がつけられ、初学者にとっても最良の入門書となっている。

(加藤 聡)


[目次より]
第一章 一四・一五世紀にみるイメージと場所記憶
第二章 一六世紀百科全書思想と結合術
第三章 世界劇場
第四章 ブルーノの表象論理学
第五章 人工記憶と新しい論理学
第六章 百科全書思想と汎智論
第七章 普遍言語の形成
第八章 ライプニッツ記号法の淵源

ライムンドゥス・ルルス
知性・意志・記憶に先導され、正しき意図の
馬にまたがるライムンドゥス・ルルス


[執筆者プロフィール]
加藤 聡(かとう・さとる): 書物史・メディア論。東京大学大学院学際情報学府博士課程在籍。日本学術振興会特別研究員DC2。研究主題は、初期近代イングランドにおける辞書・百科事典編纂。




◉占星術、錬金術、魔術が興隆し、近代科学・哲学が胎動したルネサンス・バロック時代。その知のコスモスを紹介する『ルネサンス・バロックのブックガイド(仮)』の刊行に先立ち、一部を連載にて紹介します。




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