第12回
フランセス・イエイツ
『世界劇場』
◉藤田実=訳・晶文社・1978年・303頁
1969年1月、ロンドンのアップルコア社屋上でビートルズが伝説的なコンサートを行った。長髪に毛皮を着込み、予言者のごときカリスマを持つジョン・レノンがギターを鳴らした。同年に神秘を愛するレッド・ツェッペリンは最初のアルバムを出し、デヴィッド・ボウイは「スペース・オディティ」で宇宙に思いを馳せた。
ビートルズが屋上で演奏していたころ、フランセス・A・イエイツ(Frances A. Yates, 1899-1981)は近くで本書を書いていた。その本拠、ウォーバーグ研究所からアップルコアまでは歩いて30分足らずだ。サイケデリックなロンドンでアーティストたちがインドやケルトの伝承を作品に取りこもうとしていたとき、彼女は近世ロンドンの劇場が古代ローマの建築家ウィトルウィウスにさかのぼる宇宙観を反映していることを示そうとしていた。
本書は同年にビートルズが出したアルバム『アビイ・ロード』と同じくらい、時代精神の産物だ。芸術と思想の照応、宇宙を映す芸術の神秘といった主題は、当時の芸術家の関心と驚くほど似通っている。本書はウィトルウィウス的な宇宙観を継承したイギリスの哲学者ジョン・ディー(John Dee, 1527-1609)からはじまる。著者の描くディーはウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare, 1564-1616)の『テンペスト』に登場する魔術師プロスペローのようだ。ディーの思想を受け継いだロバート・フラッド(Robert Fludd, 1574-1637)は記憶術に関する論考のなかで、おそらく実在するロンドンの劇場にもとづく建物に記憶を配置した。著者によれば、シェイクスピアの一座が上演に用いたグローブ座はウィトルウィウス的な宇宙観を反映した「宇宙と人間の比例」を象徴する劇場であり、「シェイクスピアの天才を容れるにふさわしい」舞台だった(167頁)。英国のウィトルウィウスともいうべき建築家で舞台美術家のイニゴー・ジョーンズ(Inigo Jones, 1573-1652)に触れて本書は終わる。
本書の実証的というよりは想像力にたよるスタイルは魅力でもあり、欠点でもある。近年は考古学調査にもとづく劇場研究が盛んになっており、古くなっているところもあるだろう。しかしながら、著者の議論はいまなお学問と芸術に影響をおよぼしている。
(北村紗衣)
[目次より]
第一章 ジョン・ディーとエリザベス朝時代
第二章 ジョ・ディーとヴィトルーヴィウス
第三章 ロバート・フラッドとヴィトルーヴィウス
第四章 ロバート・フラッドとジェームズ朝時代
第五章 新しい見方におけるイニゴー・ジョーンズ
第六章 ロンドンの劇場
第七章 古代劇場を改作したものとしてのイギリスの公衆劇場
第八章 イギリス公衆劇場の場合
第九章 道徳的表徴としての劇場
第十章 公衆劇場と仮面劇
グローブ座
[執筆者プロフィール]
北村紗衣(きたむら・さえ): 近世イングランド演劇。武蔵大学人文学部英語英米文化学科准教授。著書に『シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち』(白水社)、編著に『共感覚から見えるもの』(勉誠出版)。おもな関心領域は、シェイクスピア、フェミニスト批評。
◉占星術、錬金術、魔術が興隆し、近代科学・哲学が胎動したルネサンス・バロック時代。その知のコスモスを紹介する『ルネサンス・バロックのブックガイド(仮)』の刊行に先立ち、一部を連載にて紹介します。