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『アインシュタイン、神を語る』の編集現場から [目録ヘ戻る] 出版ダイジェスト(社団法人出版梓会)4月21日付総合版より |
民族紛争や新興宗教集団にまつわる事件が、今も地球のどこかで起きている。自然を読み説く天才物理学者は、ユダヤ系ドイツ人。ナチスによって亡命を余儀なくされるも、宇宙、科学、神を語り、人間の良心を信じ続けた。そんなアインシュタインに出会った編集現場から。
■いつの間にかのアインシュタイン 2000年4月10日の最新刊『アインシュタイン、神を語る』まで300冊余の本が工作舎から刊行されている。その中に1回でもアインシュタインの名前が登場するものを上げるなら、『全宇宙誌』('79)をはじめ、かなりの数にのぼるものと思われる。 アインシュタインの論文が直接収録されているのは『量子の公案』('87)。物理学者の神秘観に注目したケン・ウィルバーの編著であり、「宇宙的宗教感覚」と「科学と宗教」と題されたアインシュタインのニ論文が収められている。 『アインシュタインの部屋』('90)は、かつてのプリンストン高等学術研究所を舞台に繰り広げられる天才科学者たちの日々を追ったもの。そして『二人のアインシュタイン』('95)では、妻ミレヴァ・アインシュタインとの関係が、ミレヴァと同じクロアチア人の著者によって綴られている。 「アインシュタイン」を工作舎の出版路線の一つに位置づけようなどという話は、いつ何時もなかった。ただ、出版のラインナップを考えるプロセスで出会い、選んできた一冊一冊が、じょじょにアインシュタインのいる光景を浮かび上がらせている。ホログラフィーのように。 編集担当としては、これも準備万端ととのえて時期を待ったわけではないが、内心20世紀の最後の年に間に合ってよかったと思っている。
原題は“Einstein and the Poet”(アインシュタインと詩人)。日本語版のタイトルにも「アインシュタイン」ははずせない。それも、アインシュタインに関する本を検索する人に確実に出会ってほしいので、冒頭に。 社会学者で詩人の著者は、日本では無名に等しい。アインシュタインに比べたらドイツでもアメリカでもそうだろう。詩人ゆえにときどき自作の詩を披露するが、テーマも描写もおよそ科学的ではない。しかし、著者の行動は、編集者として見習うベき点が多々ある。 「光について知っていることは」とアインシュタインに問われて「光は昼間に存在し、夜は闇が......」と詩人は不安げに答える。それでいて、こともあろうにアインシュタインを訪ねているのだから、勇気がある。 詩人の目的は、一点のみにあった。ヒトラーへの対抗勢力となりうるのはアインシュタインをおいて他にないと考えたのだ。その思いが、彼に境界を越えさせていく。ゲシュタポの脅威も、宗教を語るタブーも、国境も越える。 詩人との専門外のやりとりが、意外なアインシュタイン像を提供してくれることは言うまでもない。詩人はしばしば、アインシュタインとの出会いを自分の意思以外の導きとしてユングの「シンクロニシティ」(共時性)を引いて一人納得する。 われわれ出版に携わる者も、読者との出会いにシンクロニシティを感じることがある。決して多いとは言えない発行部数の本が、どこかで誰かに遭遇しているシーンを想像する。実際に、平積みになった新刊書の様子をうかがいに書店に行った折など、手にしている人がいたり、あるいは電車の中で読んでいた人を発見したとき、それは編集者にとって、またこの小さな出版社にとって、大いなるシンクロニシティなのだ。ホットニュースが社内を走り抜ける。
本のタイトルは、編集部と出版営業部のメンバーによるブレーンストーミングによって決められる。その際にサブタイトルや帯コピーの方向も決まっていく。 社内の、また訳者の合意を得て「神を語る」がふさわしいニュアンスとしてタイトルにおさまった。しかしいったいこの神とは——。本書に特定の「神」は呈示されない。しかし終始、絶対的な「神」の存在が語られている。 ブレストのとき、当社一の科学派の編集長が「聖なる好奇心」のあたりがよいと話した。「聖なる好奇心」とは、本書の最終章の後半で、物理学を目指すも悩める青年に向かってアインシュタインが語りかける言葉の中に現れる。「聖なる好奇心を持ちたまえ」、「人生を生きる価値のあるものにするために」と続く。帯にこのフレーズを選んだ。じつは訳稿に目を通したときや校正のときにも、このあたりにジーンときてはいたのだが、宇宙や光を問題にしている物理学者に「人生」の言葉はそぐわないのではないかという思いから躊躇していた。なぜなのか? きっと気持ちのどこかで、「宇宙」も「人生」も不得手にしているからなのだ。こんなしりごみは、著者ヘルマンス先生を落胆させる。 願わくば、いくつもの「聖なる好奇心」が道標となって、アインシュタインの宇宙に潜む「神」を訪ねはじめられることを。 ■
編集部 田辺澄江 |
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