科学と賢治と宗教と[概要]
デクノボーになるために
宮澤賢治は自然科学を学び、教師として若者を指導し、
稲作指導を通じて農民を献身的に助けた。
しかし、賢治の人生の基本には宗教があった。
彼は仏教を信仰したが、別の宗教にも広く関心を持っていた。
それはキリスト教であり、神道的宗教や民間信仰、道教、
そして北ユーラシアの宗教にもおよぶ。
■目次より |
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第1章 何を問題とするのか
第2章 宮澤賢治
2─1 賢治について2─2 賢治の芸術
2─3 賢治の時代
第3章 科学と宗教の違い
3─1 「知」と「信」の分岐点3─2 宗教とは何か
3─3 「たましい」とは何か
コラム1 縄文人と弥生人
コラム2 古代日本人の宗教的世界像
第4章 科学とは何か
4─1 自然科学4─2 科学の限界と危険性
コラム3 科学における事実と仮説
第5章 科学と宗教の関係
5─1 ドーキンスの宗教の全否定5─2 グールドの主張[宗教と科学の相互の非干渉]
コラム4 白人の中の〝人種〟
第6章 様々な宗教の具体像
6─1 神道コラム5 アイヌの神々
6─2 平田篤胤の『霊の真柱』
コラム6 学問と師匠
6─3 国家神道
コラム7 島地黙雷と島地大等
コラム8 日本人は「無思想民族」か?
6─4 仏教
6─5 賢治と『法華経』
6─6 仏教の生物観・死後世界
6─7 賢治とキリスト教
6─8 キリスト教の世界観・人間観
コラム9 プロテスタント内の諸教派
コラム10 仏教衰退後のインドの宗教
6─9 賢治の宗教性
第7章 科学からみた生物、人間、そして宗教
7─1 科学の生物観:進化論7─2 科学の人間観
7─3 人間の死後に残るものがある
コラム11 二者択一的議論
7─4 宗教と科学の間のグレーゾーン
7─5 ダーウィンと宗教
コラム12 生物界の幸福と苦しみ
コラム13 ジョーセフ・プリーストリー
7─6 ヘッケルと宗教
第8章 宗教と科学
8─1 宗教と科学についての賢治の考え8─2 二本の脚としての宗教と科学
コラム14 宗教的世界像
結論
あとがき
■書評 |
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●2024.11.22 週刊読書人 構 大樹氏書評(鳴門教育大学講師・近代文学)
宮沢賢治「で」追究する科学と宗教の関係
「人類の二本の脚」をなめらかに動かすために
宮沢賢治について取り扱う著作には、二つの種類があるように思われる。賢治「を」追究するものか、賢治「で」追究するものか、である。…後者は賢治(や作品)をスプリングボードに、他の何かについて自分の考えを言い表そうとするもの…。
…一見すると対立する関係にあるかのような科学と宗教が、実のところ人間の根本的な精神活動からやって来たものであって、その先で分化した「知」「情・意」の領域のそれぞれの延長線に生じたものと位置づけられる。ゆえに科学と宗教は相補的な「人類の二本の脚」として、「並立・並存させていくのが最善」と説かれる。…
●2024.10.19 沖縄タイムズ、など 野家啓一氏書評
博物館的世界観 分け入る
…賢治が親炙(しんしゃ)した科学について「彼の科学的精神の根本には博物学(自然誌)がある」、そして「この博物学的志向には、賢治の根本的姿勢に通じるものがある」という著者の指摘は核心を突く。博物学は自然の多様性に目を向け、個物の観察と記述を方法とする学問だからである。賢治の「あらゆる生物は兄弟姉妹である」という主張は、まさに科学性と宗教性を融合させた博物学的世界観にほかならない。…
10/20 下野新聞、大分合同新聞
10/26 信濃毎日新聞
各紙に掲載されました。