迷宮[詳細]
Das Labyrinthische
都市計画/建築に隠された「迷宮的なるもの」
半牛半人の怪物ミノータウロスが幽閉されたクノーソスの迷宮……
この不気味な建造物に象徴されるように、
迷宮には血と闇と謎のイメージがこびりついている。
内臓人間、祝祭劇、聖山、巡礼、洞窟、砦、都市、古代遺跡……
ここに古今東西の文明の中の「迷宮的なるもの」が、
実は意志と理性とプランの場所でもあったことが暴かれる。
そして、謎が存在するかぎり、
われわれの住む世界も迷宮を産み落とし続けてゆくのだ
■目次より |
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第1部 迷宮と「迷宮的なるもの」
第1章 「迷宮的なるもの」の発見 古代迷宮神話における都市の隠喩迷宮神話
クノーソス迷宮
クレータ大都市文化のギリシャ古代文化による受容:テーセウス神話の誕生
歴史的言説としての迷宮神話:その「都市の隠喩」的内容
「labyrinthos」の語源とその都市隠喩内容
迷宮トポス:神話概念による文明的新現象=都市の理解
神話的手段による迷宮トポスの形成
都市建築システムと迷宮
牡牛の仮面と国家体制
アリアドーネの糸と迷宮舞踏
行列巡行を通じて理解される空調システムとしての都市クノーソス
クレータ島の都市経済
迷宮神話の建築と都市:隠喩的言説
第2章 「迷宮的なるもの」の諸形式 ある建築的質の概念規定
迷宮記号とその基礎となる建築表象
意味を担う中心:禁忌の場
不気味な内部の表現としての擬人的建築構想
迷宮路とその意外な到着点
都市儀礼
天文学・占星術・都市儀礼
「迷宮的なるもの」のその他の形式:地下的なるもの
超人間的なるもの
謎化されたもの
建築的謎と記憶術
建築の寓意的形式
「迷宮的なるもの」の不可解さ
第2部 「迷宮的なるもの」の諸相と変遷
第1章 内臓と擬人化 内奥なるもの:擬人的建築と空間概念バビロンの内臓文書集
エロティックな儀礼:女神の城としての洞窟聖域
キリスト教の巡礼地とその擬人的解釈:ビュイのノートルダム教会
建築における擬人的解釈の基礎
擬人的宇宙論
擬人的地理学:神話から
擬人的建築理論
空間知覚の人類学的基礎としての擬人的建築概念
建築概念の語源学
語源にみる空間概念形成の擬人的性格
第2章 行列と祝祭劇 錯綜せるもの:都市の道と通路
中世ローマの指定参詣聖堂教会とその地図
「Statio」の語義
指定参詣聖堂教会の機能
中世都市のモデルとしてのローマとイェルサレム
祝祭行列制度における類推形式
中世行列制度の基礎
都市空間の読みかえ:祝祭行列劇と定位置制
都市建築・聖地・演劇
ルツェルン市の神秘劇
劇と現実の意識的混交
聖体節行列の根源とその演劇的形態:行列用巨人像と可動建築
巨大趣味の美的特質
アト市における巨人像行列:更新儀礼と父祖崇拝
第3章 聖なる山 超越へと導くもの:脱現実化された山上の理想都市サクロ・モンテ
行列行進の様式とサクロ・モンテとの関連
イェルサレムの想像としてのサクロ・モンテ
ヴァラロの聖山とその建築史
留における救済史の描写
都市計画の原理と建築の象徴性
ヒルデガルトの幻視における神の都市とサクロ・モンテ
「山上都市」のイメージ
プログラム化された道としての都市
アレゴリーの非現実性とサクロ・モンテの非現実性
「住民なき都市」
建築物の縮尺
覗き箱建築
第4章 都市儀礼 メカニカルなもの:都市儀礼の迷宮的舞台装置
アンドレーによる古代東洋の祝祭行列と都市儀礼の機械性
南インドにおける都市儀礼
南インドの都市施設の型
南インドの都市儀礼の型
ラーメーシュヴァラム市
ラーメーシュヴァラムの祝祭行列にかかわる建造物
ラーメーシュヴァラムの都市祝祭
ラーメーシュヴァラムにおける都市儀礼の機能
理想型建築と地形:都市儀礼による結合
都市儀礼と世界の意味づけ
巡礼者たちの儀礼
解釈のシステムとしての都市儀礼:自然世界と人工世界
シュリンゲーリと囲い込まれた聖山
バーダーミーと囲い込まれた木
パルニと双山
ティルカリクンドラムと山を巡る鷲
カラハスチとその空中聖地
南インドの都市儀礼の総括
第5章 地底の発見 深奥なるもの:地下世界の迷宮
迷宮と地下世界
古代における洞窟表象:ニンフの洞窟の解釈
生命を生み出す場所:古代の地中内部表象
初期キリスト教による古代思想の読みかえ:キリストの洞窟降誕をめぐる論争
西方世界における隠者の洞窟:マリアに捧げられた洞窟
ミカエルの洞窟
グレゴローヴィウスのミカエル洞窟の描写:生物としての地球
初期洞窟学:ライシュ、キルヒャー、バーネット
17世紀地誌学への影響:フォン・ヴァルヴァゾア
泉とキリスト教的表象
メガスピレオン修道院
瞑想・黙想・礼拝の場としての洞窟
人間の気分への洞窟の作用:ジャック・ガファレルの洞窟学
ガファレルの錬金術的な解釈:塔と洞窟
ロベール・ガルセによる洞窟と火打ち石の塔:錬金術的表象世界の再現
第6章 洞窟観光 超人間的なるもの:建築としての洞窟
スタッファ島フィンガルの洞窟
バンクスによるフィンガル洞窟報告:建築物との比較
フォジャのフィンガル洞窟探訪
自然の優位性についてのアディスンの解釈
トポスとしての「自然という建築家」:18世紀の旅行記
洞窟観光ブーム:18世紀末から19世紀
ローゼンミュラーとテレジウス『めずらしい洞窟の描写』:ダーレム男爵のキャスルトン洞窟描写
ダーレムの神話的な暗示
ダーレムの洞窟での芸術体験
マルソリエによるガーンジ洞窟の描写
他の自然研究家や旅行家による洞窟描写
クレータ島のゴルテューン洞窟をめぐる論争:人工か自然か
インドの石窟寺院の芸術的質:ハンターとホッジス
古生物学における洞窟の建築学的見方:ウィリアム・バックランド
文明批判としての洞窟解釈:ジョウンズによる地下製塩所の叙述
第7章 建築の解読 謎化されたもの:寓意画的な建築
「神秘的な書物」としての建築:ヴィクトル・ユゴー
建築的表象の多義性の変化:中世からマニエリスムへ
「建てられた謎」と「描かれた謎」
寓意的な都市施設:サンガロによるピティリャーノの改造
凱旋アーチとプラタナスの樹
ピティリャーノ本来の建築
ピティリャーノの寓意画的な特徴:寓意画文学との比較
寓意画形式と寓意画的な建築の象徴性
寓意画的な建築におけるモットーの欠如
メネストリエの寓意画理論:ピティリャーノとの類似性
寓意画的な建築の特徴とピティリャーノ以外の例
ピエンツァの都市施設:寓意画的建築の前兆
教会堂の向き:光の象徴性
広場のもつ意味:影の象徴性
都市施設全体の多義性と謎性
第8章 地震都市 刺激:「逆さまの世界」と撹乱された秩序
1755年のリスボン大地震
17世紀シチリア島、18世紀カラブリアの地震災害
都市の形式と街路システムの意識的撹乱:チニシの例
「風刺的都市計画」
直交する道路システムの扇状の広がり
軸線道路の諷刺化
中心の象徴性の諷刺
17、18世紀シチリアとカラブリアの地震都市の総括的評価
「撹乱された輪郭」のマニエリスム都市:エルクレアとサッピオネータ
アルヴィセ・コルナーロによるヴェネチア・プロジェクト
「心地よき場所」としての都市
マニエリスム建築の「逆さまの世界」:パラッツォ・ドゥカーレの地下の小人の世界
撹乱:マニエリスム建築の伝統的主題
古典的建築対18世紀シチリア建築:パラゴニア王子の邸宅
ゲーテ『イタリア紀行』における「狂人の答」
第9章 古代建築 忘却されしもの:謎と化した太古の大建築
ローマ時代の劇場建築をめぐる中世の伝説:ヴェローナの「迷宮」
語るコロセウム
古代学の伝統とキルヒャー
バベルの塔と都市ニネヴェ
エジプトの迷宮
カトルメールによる『アレクサンドロス大王の葬儀車両』の再建築
世紀末における考古学的再構築
余論1 都市隠喩としての古代後期の迷宮
迷宮記号の建築的形式原理
ローマの墓所迷宮
初期キリスト教伝統の中の迷宮
大聖堂迷宮
中世都市
芝生迷宮と置き石
庭園迷宮
ゲオルク・シュテンゲルの二つの『迷宮の書』
都市と庭園迷宮
古典的迷宮形象の終焉
余論2 建築における領域的身振りと古代オリエント文化の都市儀礼
ヌミーノースな場という観念
建築と祭祀の場におけるヌーメン性:第一の技術革新、根をおろす建物
第二の技術革新:高い壁による囲い込み
第三の技術革新:天にそびえる建造物
祝祭行列と建造物
余論3 錬金術の象徴としての洞窟・山・塔
真の錬金術師の求めるもの
錬金術の表象芸術:洞窟と塔
建築表象としての塔と洞窟
余論4 地下の建築理論
カトルメールの地下理論:インドの石窟寺院と気候の関係
カトルメールの影響
余論5 『ポルフィロの夢の恋愛合戦』のあらすじ
物語の解釈と寓意画的特徴
サクロ・ボスコに見られる寓意画的特徴
■関連図書(表示価格は税別) |
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■書評 |
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◎松浦寿輝氏(『読売新聞』1996年8月25日)
中世都市の祝祭行列や神秘劇、「聖なる山」への上昇の旅、南インドの都市儀礼、洞窟表象とその錬金術的解釈、カタストロフの記憶をとどめた都市構造、伝説中の古代建築、等々──著者の視線は世界史を縦横無尽に駆けめぐり、「錯綜したもの、難解なもの、謎めいたもの」としての「迷宮なるもの」を様々な時代の文化のうちに探り出してゆく。アーヘン大学の建築学科に提出された教授資格論文ということだが、建築学プロパーの論文というよりはむしろ、考古学、神話学、宗教学、人類学、民俗学、さらには古生物学まで含む諸学との境界線上に繰り広げられる、豪奢な「知」の饗宴とでもいうべき書物である。ピーパーの博学と才筆に感嘆しながら本書を読み進めるのは、念入りに設計された迷路を愉しくさまようようでいつまでも飽きることがない。