植物と帝国[詳細]
Plants and Empire
女を「産む機械」にするのは誰か?
カリブ世界の植物探査とジェンダー・ポリティックス
18世紀、ヨーロッパ人は、
新大陸の宝は幻の黄金郷にあるのではなく、
密林や藪、植民地の裏庭の草花などにあることを発見した。
国家の威信を賭けたスパイ映画もどきの植物探査では、
現地の先住民やクレオールの住民、アフリカから移入された奴隷たちからの情報も
積極的に収集され、ヨーロッパに植物標本とともに送られていった。
植民地の女奴隷たちが奴隷主への抵抗手段として用いていた中絶薬となる植物も、
植物じたいは複数のルートでヨーロッパにもたらされたが、
中絶薬としての知識はことごとく抹殺された………。
ときはまさに重商主義のもと、植民地でも本国でも、
女は多産であることが望まれていた。
■目次より |
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旅する植物学者——ハンス・スローン
マリア・シビラ・メリアン
植物探査の海賊たち
旅する植物学の助手たち——ジャンヌ・バレの世界周航
クレオールの博物学者と長期滞在者
アマゾン族を探して——アレクサンダー・フォン・フンボルト
第2章 植物探査
西インド諸島における薬探査
国際的な知識のブローカー——種痘の導入とモンタギュー夫人
第3章 エキゾチックな中絶薬
メリアンのオウコチョウ
ヨーロッパにおける中絶
西インド諸島における中絶
中絶と奴隷貿易
第4章 ヨーロッパにおけるオウコチョウの運命
動物実験〔治験〕
薬の性差テスト
人種の複雑さ
さまざまな中絶薬
第5章 命名に発揮された帝国主義
自然界の命名と帝国——カール・リンネ
名づけることの困難
もう一つの名づけ行為——ビュフォンとアダンソン
結論 アグノトロジー
解題 抹殺された知識へのまなざし 弓削尚子
訳者あとがき 小川眞里子
■関連図書(表示価格は税別) |
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■関連情報 |
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●2023.6月号 現代思想「特集=無知学/アグノトロジーとは何か」
アグノトロジー提唱者の一人であるロンダ・シービンガーに関する言及も多く、小川眞里子先生、弓削尚子さんの寄稿も。
表4にシービンガー本の広告を出しました。『科学史から消された女性たち 改訂新版』『女性を弄ぶ博物学』『ジェンダーは科学を変える!?』『植物と帝国』。シービンガーの邦訳は工作舎のみ。
■書評 |
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●2024.7.20 朝日新聞読書欄「夏に読みたい3点」 隠岐さや香氏紹介
フェミニズムの視点からの科学史書。近代科学の発展する18世紀の欧州では、カリブ海から伝えられた中絶薬の普及がむしろ妨げられ、女性の身体に関する無知が作られたという。知識は差別的な思想により抹殺されることもある。
●2008.1月号 化学史研究 川島慶子氏書評
知識の「抹殺の過程」を操るジェンダーの非対称性
ここで特に注目されるのは「されなかったのか」という視点である。…「なんら責めを負うことのない植物が、国家の政策という複雑に仕組まれた網で捕らえられてしまったために、出産と中絶の、なんと容易で安全で効果的な方法が、ヨーロッパとアメリカの女性たちから失われてしまったことか!」と本書を締めくくるとき、…この本の全編にわたって通奏低音のように鳴り響いているのは、こうした知識の「抹殺の過程」を操っていたジェンダーの非対称性に対する作者の怒りであり、異議申し立てであることを我々は知っているのである。
●2007.12.28付 週刊読書人 2007年「西洋史」総括に
カリブ海域に腰を据えたL・シービンガー『植物と帝国』は、女性を身体的に拘束する立場から有用植物の効能が喧伝された事情を明らかにする。(高木勇夫氏/名古屋工業大学教授・フランス近代史専攻)
●『テクノ/バイオポリティクス』にシービンガー講演収録
2004年お茶の水女子大学で行われたロンダ・シービンガーの講演が、「ジェンダー研究のフロンティア」シリーズ第4巻『テクノ/バイオポリティクス』(作品社刊)に収録されています。『植物と帝国』のエッセンスともいえる内容。さらに翻訳者のひとり弓削尚子氏が「補論」で、日本におけるアグノトロジーを紹介しています。
補論:シービンガーが切り拓く視座
ホオズキの根茎が、昭和30年代頃まで、日本における代表的な中絶薬であったことを、現在どれだけの人々が知っているだろうか。
山仕事、農作業の忙しくなる頃、腹に子を持つ女は仕事の邪魔になると自らの手で子を堕し闇に葬ったそうな。鬼灯火(ホオズキ)は常に子の闇送りの秘薬とされ、その根は花を咲かせる程の力も失せるほどに切り取られ。かろうじて地上に葉をつけ草の命を保っていた。…
●2007.8.25付 ウィメンズブックス書評
…植民地の女性たちが抵抗の手段としてもちいた中絶用植物の知識は、本国では抹殺された。本国でも植民地でも、女性の「産む営み」は権力により操作され、女性は結局「産む機械」だったのだ。
●2007.9.2号 サンデー毎日 荒俣宏氏書評
歴史に秘められた怖い「怪談」
…広くいえば博物探検史の一エピソードを語った本だが、南アメリカ植民地のプランテーションでおぞましい中絶が実行されていた実情をあつかう。いまや女性の社会進出に欠かせない重要人物となった18世紀の蝶類図譜製作者マリア・シビラ・メーリアンは、蝶類研究のため単身乗り込んだスリナムで、奴隷女たちの出産が異様に少ない事実を知る。…オウコチョウという植物が中絶誘発作用をもつとし、「性のおもちゃとして自分をあつかう農場主への復讐と、生まれてくる子を奴隷にしたくない恐怖感と」のために黒人奴隷がこれを使用し、中絶すると書いた。…中絶と博物学、この秘められた歴史にも、おそろしすぎて誰にも語られない因縁話があったようだ。
●2007.7.8 朝日新聞 山下範久氏書評(立命館大学准教授・歴史社会学)
植民地支配で知識が失われた謎追う
…オウコチョウの薬効に関するヨーロッパ人の無知は「女性の出産をコントロール」する権力をめぐる長期的な闘争から派生したものだと。大西洋の両岸をまたいで展開したこの闘争の中で、自然に関する土着の知識は、一方で権力の都合によって選択的に摂取(というか略奪)され、他方で抵抗のために秘匿された。両者のあいだに口を開いた歴史の隙間に、中絶薬としてのオウコチョウは滑りおちていった。知の帝国主義の闇の襞に触れる力作である。
●2007.6.24 琉球新報 森岡正博氏書評
消失した知識に焦点
…シービンガーは、フェミニスト科学史の研究者として著名であるが、この百科全書的な新著は、彼女の代表作となるだろう。
…シービンガーはある知識体系がどうして、ある文化の中で消失していくのかを研究すべきだと言っている。これは「知識の消失」に焦点を当てた逆転の発想である。本書は、中絶薬を素材にして、それを実証してみせた、機知に富む試みなのである。
●2007.8月号 日経サイエンス紹介
18世紀重商時代、植民地において植物探査が熱心に行われた。探査には、奴隷からの情報も収集され、その中には深刻なモラル問題もはらんでいた。歴史の光と蔭に踏み込んだ一冊。
●2007.6.17 日経新聞 宇田川妙子氏書評(国立民族学博物館准教授)
知識の多様性を抹殺する流れ
…シービンガーは本書で、彼女のこれまでのフェミニズム的関心を発展させ、性差だけでなく人種・民族などの差異も含んだ多様性の縮減という問題に取り組んでいる。現在、地球上のあらゆる知識がその多様性を画一化・標準化していく流れは、知的財産のグローバル化を例に出すまでもなく、ますます顕著になっている。バイオ資源をめぐる地球規模の争いも激しい。その意味で本書は、すでに数あるポストコロニアルな歴史研究の中でも、植物に焦点を当てた点で注目すべきものであると同時に、きわめて現代的な問題提起の書として読まれるだろう。
●トーマス・ラカー(『セックスの発明』著者・カリフォルニア大学バークレー校)
知的財産のグローバル化の時代を生きる現代人の必読書
18世紀の植民地の暗く苛烈な文化交流史において、シービンガーはオウコチョウのようなつつましい植物に焦点を当てる。 現地の人びとから植物の知識を熱心に吸収したヨーロッパ人は、奴隷の女たちが主人を欺くために使っていた中絶薬についての知識を、あえて無視した。ヨーロッパはまさに重商主義のもと、人口増加を奨励している時代だった。植物探査のはらむ深刻なモラル問題に光を当てる本書は、知的財産のグローバル化の時代を生きる現代人の必読書である。