町田市立国際版画美術館
「THE BODY—身体の宇宙—」展レポート
町田市立国際版画美術館 外観
風薫る5月、町田市立国際版画美術館に行ってきました。
『ルネサンス・バロックのブックガイド』の執筆者の一人・栗田秀法さんが「ときの忘れもの」に同展のエッセイを綴り、ヒロ・ヒライさんが「機関精神史 公式HP」に「獣帯人間 ルネサンスの医学と占星術にみる小宇宙としての身体」を緊急寄稿するなど、話題の「THE BODY—身体の宇宙—」展が目的です。
「身体」をテーマとした本展は、
第1章 理想の身体
断章 聖なるからだ
第2章 解剖図幻想
断章 ピラネージの建築解剖学
第3章 身体の宇宙へ
の3部構成。
町田市立国際版画美術館 展示室内
第1章「理想の身体」では、アルブレヒト・デューラーの作品群、とりわけ《ネメシス》が目を惹きます。というのも会場内には撮影可能コーナーが設けられ、その最初が《ネメシス》なのです。ウィトルウィウスの人体理論で描かれたという女神の足下には、山や川に囲まれた町並みが微細に描かれていることも、しっかり鑑賞-撮影できました。
デューラー《ネメシス》
デューラー《ネメシス》部分
そのウィトルウィウスの著書『建築十書』などの書籍も展示。2018年秋の上野の森美術館「世界を変えた書物」展を思い出しました。
この章のクライマックスは、本展ポスターにあしらわれたヘンドリク・ホルツィウス《ファネーゼのヘラクレス》。こちらも撮影OKで、筋骨隆々の古代ローマの彫刻を見上げる16世紀の見物人にも注目しました。
ホルツィウス《ファネーゼのヘラクレス》
ホルツィウス《ファネーゼのヘラクレス》部分
第2章「解剖図幻想」では、美術と科学の融和と称される解剖図の数々。自ら皮膚をはぎ取る人物、生皮をもったエコルシェなど、グロテスクな美の世界。ゴーティエ=ダゴティの多色刷メゾチントは幻想的でした。
ゴーティエ=ダゴティ『人体構造解剖図集』4図
最後の第3章「身体の宇宙へ」に入るや、グレゴール・ライシュなどの「黄道十二宮人」に出会えます。栗田秀法さんのエッセイ(ときの忘れもの)や、ヒロ・ヒライさんのエッセイ「獣帯人間 ルネサンスの医学と占星術にみる小宇宙としての身体」(機関精神史 公式HP)に詳しく触れられています。
頭部に3月を示す牡羊座 aries
首(首と喉)に4月をあらわす牡牛座 taurus
両腕に5月をあらわす双子座 gemini
胸元(胸と肺)に6月をあらわす蟹座 cancer
その下に(胃)7月をあらわす獅子座 leo……以下略
これらの星座は、天空という「大宇宙」(マクロコスモス)を彩り、一年という時間を分割して支配するだけではなく、それぞれが対応する人体の諸部位の働きの良し悪しに影響を与えるかたちで人体という「小宇宙」(ミクロコスモス)をも支配すると考えられていたのです。これはたんなる民間伝承のようなものではなく、ルネサンス期のヨーロッパ各地の諸大学で正規に教えられた医学理論だったのです(ヒライ「獣帯人間」より)。
獣帯人間(グレゴール・ライシュ『哲学の真珠・新版』より)
『ルネサンス・バロックのブックガイド』の表紙絵も、「黄道十二宮人/獣帯人間」をあらわした作品でした。しかもベリー公というフランス王族が金に糸目をつけずに制作した写本『いとも豪華なる時禱書』に収録されて。
『ルネサンス・バロックのブックガイド』表紙
展覧会のレポートに戻りますと、第3章後半は現代の作品。柄澤齊の古書の背表紙を背骨に見立てた作品、繊細な線で怪物的な人体を描いた池田俊彦の諸作品、最後は暗い別室に誘われて出会う、大垣美穂子のインスタレーション作品《Milky Way》。年老いた人物をかたどった立体から無数の光が放たれ、まさしく銀河のようでした。
—— この展覧会を企画された学芸員の藤村拓也さんにお話をお聞きしました。
この「THE BODY—身体の宇宙—」展は、町田市立国際版画美術館が文化スポーツ振興部に所属し、来年2019年が東京オリンピック、今年がラグビーワールドカップの年ということで、「身体」をテーマに企画することにしました。
もちろん所蔵作品から考えるのですが、いろいろ思い浮かぶものの、核になるものがなく決め手に欠けていました。そんなときに、大垣美穂子さんの作品《Milky Way》に出会ったのです。これはミクロコスモス(人体)とマクロコスモス(宇宙)の照応だと。私は初期ネーデルランド絵画を専攻していたので、すぐにピンと来ました。大垣さんはそうした発想ではなく、星の数だけの人がいて、それだけの想いや感情があり、それぞれが生と死を抱えているというテーマで作品を創る方です。
しかし、美術作品の面白いところは、このようにルネサンスと現代が歴史をこえて一気につながるところです。身体は一番身近でさまざまなものを映し出す鏡。展示している版画がルネサンス当時の世界観を映し出し、さらに現代作家の作品が過去を映し出すことに気付いてもらえるとうれしいです。歴史的な流れも押さえつつ、現代をとりあげることで、新たな発見を演出しています。
もう一つ、鑑賞者の身体感覚に訴える工夫もしました。版画は小さい作品も多く、細部も緻密なため、みなさん近づいて観るため疲れてしまいます。そのため、現代作家コーナーは少しゆとりをもって広めにスペースを割き、最後の大垣さんの作品で暗い部屋の中の暗室へと誘導しました。暗室に入ると、光が自分にも映し出されていることに気付くと思います。そこで直観的に私たちも宇宙の一部だ、つながっていると感じるように仕掛けをつくりました。
こうした構成は展覧会を構成するうえで注力したところであり、博物館や本の挿絵とは違う、作品それぞれのもつ物質感を見せることが、美術展の極意と心掛けています。
—— 藤村さんは実は『ルネサンス・バロックのブックガイド』クラウドファンディングに支援してくださいました。
図録の参考図書として『ルネサンス・バロックのブックガイド』も紹介し、ミュージアムショップで販売しています。表紙が黄道十二宮人/獣帯人間ということもありますが、 それだけでなく、このルネサンス・バロック時代を好きな人に最適な本ですし、そこから先に進むための本としておススメと思いました。 もともと私は工作舎の本のファンで、工作舎読者の方には本展覧会に興味がある方も多いと思います。
また、ショップでは金沢工業大学コレクションを紹介した『世界を変えた書物』(グラフィック社)も販売しています。同大学コレクションでは、2018年秋の上野の森美術館で開催された「世界を変えた書物展」が大きな話題になりました*。あの展覧会で古い書物のファンになった方も当館にぜひいらしてください。静かにじっくり鑑賞できます。
*日本科学技術ジャーナリスト会議2019年度科学ジャーナリスト大賞受賞。2019年9月には福岡展開催。ミュージアムショップ
藤村さん、どうもありがとうございました。本展の裏話は、図録の「本展のはらわた」にユーモアたっぷりに綴られています。こちらもぜひお読みください。
「THE BODY―身体の宇宙―」The Human body as a Microcosm: Art, Anatomy and Astrology
会期:2019年4月20日(土)〜6月23日(日)
会場:町田市立国際版画美術館
観覧料:一般800円、大学・高校生と65歳以上400円
【特別企画 1】
招待券プレゼント
町田市立国際版画美術館のご厚意で招待券を先着5名様にプレゼントいたします。
オーダーフォームに「THE BODY—身体の宇宙展」もしくは「国際版画美術館」招待券希望とわかるように記入してご応募ください。
【特別企画 2】
ガイドツアー
学芸員の藤村さんが『ルネサンス・バロックのブックガイド』の読者に向けた「THE BODY―身体の宇宙―」展の解説をおこなってくださいます。
日時:2019年6月9日(日)14:00〜(1時間程度)
場所:町田市立国際版画美術館 企画展示室
※『ルネサンス・バロックのブックガイド』をお持ちください。
※観覧券は各自でご準備ください。
※10分前に2階企画展示室1の入口にお集まりください。
【特別企画 3】
オンライン読書会
2019年6月11日(火)21:00〜(1時間程度)
ヒロ・ヒライさん主宰のBHで、『ルネサンス・バロックのブックガイド』のオンライン読書会を開催します。詳細は下記をご覧ください。
https://www.facebook.com/events/2313305508926026/
※ 読書会には「ハングアウト」を使用します。通信環境を確認するために、
事前にヒライさん hhirai2@gmail までご連絡ください。