『形而上学の可能性を求めて』
週刊読書人 小田部胤久氏書評
師の精神が教え子の哲学的営みの内に現在も生きる
…山本哲学の核をなす概念の一つとして、心身問題をめぐる「相補的二元性」を挙げることができる。「相補的二元性」とは、心と身体という二つの矛盾し合う側面をどちらか一方に還元することなく、むしろ両者が二元的に共在し、しかも根底においては漠然と融合している状態を、そのまま事実として受け入れることを提唱するものであるが、第一部はこの概念が提起される氏の主要論文「『物』と『私』相補的二元性について――」(1980年)を中心に、1950年から89年に至るまでの40年間に公表された代表的な論文等7本が時代を遡る仕方で収められている。第一部を通読することによって、読者は山本の相補的二元性の立場が、一方では、初期山本のライプニッツの合理主義及びカントの二元論に関する研究成果と密接に結びついていることを、他方では後期山本の、哲学とは一元論的に整理しえない問題とかかわらざるをえないのであった、二元論の露呈する矛盾こそが哲学するエネルギーの源泉となる、という哲学観を支えていることを、さらには教養教育と専門教育との二元性を重視する山本の大学論へと展開する様を知ることになろう。
…この種の本はとかく懐古的になりがちであるが、教え子によるエッセーは山本の精神が教え子自身の哲学的営みの内に現在なおも生きていることを教えてくれる。対話において自分を他者に開くこと(米山優)を自ら身をもって教えた山本の態度は、本書を介して一人一人の読者に届くことであろう。
『形而上学の可能性を求めて――山本信の哲学』
佐藤徹郎・雨宮民雄・佐々木能章・黒崎政男・森一郎=編/税込価格 4200円