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4月3日号 FMファン 安原 顯氏 書評再録

著名なミュージシャンから本音の音楽観を引き出す英音楽誌の人気企画

音楽好きなら必読のとてつもなく面白い本

 面識はないが、工作舎の石原剛一郎氏から、とてつもなく面白い本『めかくしジュークボックス』(2900円)を贈られた。何が面白いのか。著名なミュージシャンを招き、あるいは彼らの自宅を訪れ、いきなりレコードを10枚聴かせ、誰の曲かを当てさせる企画だからだ。英国の音楽雑誌『ザ・ワイアー』の人気連載ページで、すでに9年も続いているとのことである。本書はその中から1992年〜97年まで招いた32人を選び、アルファベット順に並べたものである。
 この連載が長続きしている理由は、ミュージシャンに「恥をかかせる」ことが目的ではなく、基本的にはゲストに関連のあるレコードをかけ、彼らとそのレコード、それから派生する好き、あるいは嫌いなミュージシャンの話を引き出すことあるからだ。とはいえ、『ザ・ワイアー』編集部も、われわれも、ゲストの「当てた、外した」に最も興味があることは言うまでもない。しかしもし「裏話」がなければ興味本位で終わってしまい、こうした本に纏められなかっただろう。企画の勝利である。
 まあそれにしても、ここでの32人は実に多種多様な音楽を聴いている。これにはたまげた。ぼく自身、ジャズと現代曲については多少は「おたく」と自認しているが、この本に関しては「ゲスト」についても無知、出てくるレコードも大半は聴いたことがない。それでも、彼らの「おたく」ぶりが何ともたまらず、あっという間に読み終えた。ゲストの何人かの名を挙げると、バリー・アダムソン、スティーヴ・アルビニ、ハロルド・バッド、ジョン・ケイルといった面々である。
 回答例も幾つか端折りまくって引いておけば、「アーティストも曲名もまったく分からないけど、ポスト・パンク・ハードコアのクソったれよりは断然いい。でもこの詞はかなり無意味ね。ギンズバーグにしてはすごくいいんじゃない? どっちにしてもファンじゃないけどね。彼はひとつだけいい詞を書いてからというもの、それにしがみついて生きているのよ」「うーん、オペラっぽいボーカルを聴くと、勃起できたはずなのに脅かされて半年くらいインポになったような気分になるのよね」(ウテ・レンパー)。
「アーサー・キット。あたしの感情そのものよ。セックス・パワーの源よ」「ザ・フォール。偉大なゴミ溜めって感じ。音楽なんてどうでもいいの。マーク・E・スミスさえいればね。ああ、マーク・E、がんばって! 大好きよ。アメリカでは、皮肉は理解されないのよ」(以上、リディア・ランチ)。
「簡単なやつから始めたね。アインハイト・ブロッツマンだ。私はプレイヤーを持ってないし、音楽はラジオで聴くくらいだからDJもやめようと思っている」「エフェックス・ツインじゃないよね。彼の曲は30秒くらいしか聴いたことがないんだよ」「これはピンク・フロイドなのかな? シェフェール? パルメジャーニ? ジョン・ケージじゃないよね?(正解はM・フェルドマン)」、「これは分からない(リゲティ、1958年の電子音楽)」(以上、ブルース・ギルバート)、とまあこんな具合なのである。
この手の音楽が好きな向きには嵌まること間違いなしの1冊だと思う。

安原 顯(やすはら・けん=編集者・評論家)




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