■探偵小説ファンが作った「ウラ文化史」の棚
マルキ・ド・サドのエロス、井上円了の妖怪、小栗虫太郎の怪奇…独特の匂いが立ちのぼる本が集まる。しかもその棚は、恵比寿ガーデンプレイスの一角、女性向けの明るい内装、軽やかな品揃えの中で、ひときわ異彩を放っている。
「もともと僕は乱歩や横溝なんかの昔の探偵小説が好きなんです」と、気になる棚の作り手、野俣さんが教えてくれた。
探偵小説との出会いは小学5年生のとき。当時映画とテレビドラマで『犬神家の一族』が話題となり、欠かさず見ていた。「学校の読書の時間に原作の文庫を読んでいました。『妾』っていう字が読めなくて(笑)」。お世辞にも子供向けとはいえない本だったが、次々に読みあさったという。いつしか、より深みに、怪し気な世界にはまっていった。
■ポルノグラフィも堂々と展開
棚作りには、このファン心理が生かされている。基本は『新青年』などの探偵小説作家(*1)、江戸川乱歩、横溝正史、忍法もので著名な山田風太郎。そして棚の流れは団鬼六、同性愛と続く。
「こういう本を堂々と置いているところって少ないじゃないですか。ポルノグラフィはその時代を映し出す立派な文化なのに」。そういう思いに押されて、団鬼六も、藍川京の官能小説も全点平積みしたほどだ。
■棚には担当者が考えた流れがある
そんな野俣さんに気負いはない。「本を読まない人に読んでもらおうとか、むずかしいことなんて考えていません」
原点はいたってシンプルに、「こんなに面白い本があるんだから、ちょっと見てよ」と。
「子供の頃から辞書を調べるのが好きだったんです」。何かの言葉を引くと、その隣の関連のない語句が気になった。「電子辞書じゃ検索した結果の画面しか出てこないからさびしいんですよね。本屋の棚にも本の流れがあって、担当者が考えて並べているんですよ」。リアル書店にはネット書店の検索だけじゃ出会えない発見がある。
■自分が面白ければ何でもあり
探偵小説の周辺には、フリークスや山本タカトなど、キワモノ文化史やビジュアル本が彩りを添える。元来は歴史や社会学などさまざまな分野で、カタイ本のはざまでひっそりと置かれる、いわば異端の本。常識とは違うくくり方をすることで、本が別の顔をのぞかせた。
「『面白ければ何でもいい』っていうノリで棚を作りたい。売り上げ重視の時代に怒られちゃうかもしれないけど、『オレが面白い』で」
近々、鈴木いづみ(*2)のフェアを開催する。一見、脈絡がないように思えるが、「他の人には違和感があっても、自分の中でOKと思えればいい。本当に自分勝手な棚でしょう?」と野俣さんは笑う。しかし、これこそ本屋に勤める醍醐味ではないだろうか?
註:
*1 『新青年』…大正9年創刊の雑誌。江戸川乱歩をはじめ、多数の探偵小説作家を輩出した(〜昭和25年/博文館刊行)。
*2 鈴木いづみ…70年代の伝説的な女流作家。ホステス、女優(ピンク映画・天井桟敷)を経て、「文学界」新人賞を受賞。アルトサックス奏者阿部薫との激しい愛と暴力に満ちた結婚生活の後、阿部が自殺。いづみ自身も86年に自殺、享年36歳。『鈴木いづみコレクション』(文遊社)の刊行で、人気再燃。
●関連サイト
松岡正剛の千夜千冊943夜
2004.7.28 取材・文 岩下祐子