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毎日新聞 中村桂子氏書評日本経済新聞 書評


週刊金曜日 6月16日号 自薦再録

アインシュタインの伝言

 20世紀の科学思想を変えた人物アインシュタインは、ヒトラーから国民の敵ナンバーワンとされ、反ファシズム運動のシンボル的存在だった時期がある。
 平和運動家、詩人、社会学者、放送作家、ワイマール共和国外交官でもある著者は、アインシュタインを反ナチの旗手として担ぎ出すべく、その生の声と思想を伝えようとインタビューを試みる。
 米国亡命以降、最晩年まで行なわれた四度の対談でアインシュタインは、宇宙的法則にかなう人類の普遍的原理として良心の復興を説き、個人が良心にもとる国家や宗教などの組織原理に服従することをやめ、自らの内面に息づく良心のみを行動規範とする自立した人間になることを繰り返し求めている。
 生命を軽んずる若年層の奇行が増え、いわゆるモラル・ハザードが深刻な問題とされる時代に、「良心の復興」こそ来世紀に向けて価値あるメメッセージではないだろうか。アインシュタインは若者に語る——「聖なる好奇心をもちたまえ。人生を生きる価値のあるものにするために」。

雑賀紀彦(さいか・のりひこ=翻訳家)






6月23日付 週刊読書人 板垣良一氏 書評再録

時間の隔たりを越えて
アインシュタインが肉声で語る書

 アインシュタインの実際の声は、今でもニュース映画などで聞くことができるが、彼が宗教、科学、平和などについて活発に議論している様子を映像で見ることができない。そのような議論の内容が生々しく再現されたのが本書である。著者は合わせて四回の議論の前に充分に討論内容を考え、資料を準備し、議論をしながら克明にメモをとり、会談後はすぐ議論内容をチェックしており、また著者が科学者でないため、かえって科学的内容に客観性が保証されており、本書は資料として二次的ではあるが、極めて貴重なものであるといえる。
 アインシュタインの交友関係は極めて広く、ある人物がアインシュタインにとってどのような意味をもっていたのかを見極めるのは難しい。本書の著者の場合、様々なアインシュタインの伝記には登場しない人物なので、なお一層そうなのだが、一言でいえば、熱く燃えるような精神の持ち主である。経歴の上では、ドイツ生まれのユダヤ人で、第一次世界大戦のヴェルダンの戦いで仏に抑留された後、フランクフルト大学で社会学の学位をとり、政治機関のようなところに勤め、反ナチスの姿勢を貫き(何回かアインシュタインをヒットラーに対抗する人物としてラジオ番組を作ろうとした)、1934年ドイツを去って亡命する際は、ILOの職員の身分だった。渡米後はハーヴァード大、州立サンノゼ大、スタンフォード大で教え、CIAの前身の職員にもなっている。これはうわべの経歴で、彼が最も精力的に活動したのは、キリスト教、ユダヤ教をはじめとする諸宗教を統一することであった。
 本書の中での議論は1930年3月4日(ヒットラーが政権をとる前)、1943年8月(第二次世界大戦中)、1948年9月14日(原爆投下後)、1954年(アインシュタインの死の直前)の四回行なわれ、アインシュタインと著者の間で、実在論対観念論、創造神対道徳神などの議論が繰り広げられ、アインシュタインが様々な箇所で述べてきた思想が日常的な言葉でわかりやすく言い替えられている。原爆に関してはトルーマン大統領に原爆の威力だけを日本人に見せる提言をしたこと、広島への投下を知ったアインシュタインは八日間誰とも会わず喪に服したという記述がある。
 本書の原書には「宇宙的人間を探して」という副題がつけられており、アインシュタインが自らの使命は宇宙の法則を追究することであるとし、そのような立場からは狭い国家にはびこるナショナリズムが克服できると説く。そのような意味で人類全体を考える視野をもって行動する人々を宇宙的人間と呼んだ。本書の書名によく似た本にアインシュタインの書いた序文を集めた『アインシュタイン、ひとを語る』(東海大学出版会、1993)がある。アインシュタインというと20世紀を代表する物理学者という評価がすぐ浮かぶが、彼が特殊相対性理論を創ったのはもう100年近く前のことになる。来る2005年という年は、特殊相対性理論100年、一般相対性理論90年、アインシュタイン没後50年にあたるが、本書はアインシュタインが時間の隔たりを越えて直接語りかけてくれる力をもつ。

板垣良一(いたがき・りょういち=東海大学助教授/科学史専攻)






5月14日 日本経済新聞 書評再録

天才の秘めたる宗教観引き出す

 「神は世界を相手にサイコロ遊びなどなさらない」をはじめ、数々の名言を残したアインシュタイン。20世紀最高といっていい科学者の素顔を伝える挿話には事欠かない。大衆は、難解な相対性理論よりも、わかりやすげな語り口に親しみを覚えたのだ。
 宗教や政治に関する問答を収録した本書は、その意味では、わかりやすくない。インタビュアー役の著者は詩人であり社会学者。1930年から54年まで、ベルリン、後に両者の亡命先である米国に場所を移し、4回の対話を収録した。若者に民主主義の意義を訴えたいと願う著者に、ともにナチスに追われ、数多くの肉親を失ったという共通点からか、アインシュタインは心を開いていく。著者はここから、天才が心の内に秘めていた宗教観に迫っていく。
 アインシュタインは「すべての組織された宗教に反対」と言明する。それは無神論者であることを意味しない。彼の目指す「真の宗教人」とは、死も生も恐れず、盲目的な信仰を持たず、自分の良心だけを信じる。そうすれば、周囲の出来事を観察し、判断するための直感、さらに「自分が無限の知恵の海岸の一粒の砂にすぎない」と悟る謙そんを身につけることができる。そこに「宗教と科学は調和する」可能性があると語るのだ。
 貴重な言葉を、どう受けとめればよいだろうか。「私の死後、さだめし多くのことが捏造されるだろうね。少なくとも私は、いいカモだよ」。十分に読みごたえがある。





4月23日 毎日新聞 中村桂子氏 書評再録

宇宙法則を語る言葉が20世紀を映す

 20世紀を語る時にどうしてもあげなければならない人の一人としてアインシュタインがあることは誰もが認めるだろう。相対性理論を理解できる人は何人いるだろうと言われるほど難解な理論を打ち立てた人なのに、社会的な意味でこれほどの関心を持たれているのはなぜか。近年、その人物に迫る伝記も出ているが、本書はもう一つ踏み込んでアインシュタインの生の言葉を伝えると同時にそこから見える20世紀を映し出しているところが興味深い。
 著者は、ドイツで社会学を学び、渡米後CIAの前身である合衆国戦略事務局に勤務後、ハーバード大、スタンフォード大で教鞭をとる一方、詩人としても活躍している。1921年、アインシュタインのチャリティコンサートで、若者たちへの反戦の呼びかけの詩を朗読した著者は、アインシュタインから評価を受ける。ゲッペルスがヒットラーの一声で百万の若者が動員できるとうそぶいている中で、民主主義の指針たりうる人物はアインシュタインしかいないと思った著者は、若者へのメッセージとして真の天才をテーマとした放送を企画する。
 こうして1930年から1950年の20年間、4回にわたる対話が行なわれた。この日付を見れば、緊迫した様子が想像できるし、事実命を狙われている状況も見えてくるが、対話の内容は主としてアインシュタインの宗教観——それも既存の宗教ではなく、物理学に基づく彼の宇宙観から生まれた思想についてである。これは21世紀を考えるうえで重要な視点だ。
 とにかく4回の対話を追おう。1930年、詩人の最初の問いは、科学者の澄んだ眼のあまりの素直さに誘われて「どのようにして天才になったのですか」だった。おかしな質問だが、気持ちはわかる。相対性理論への道は、5歳の時に父からもらったコンパスの針が常に北を向く原因究明から始まる。この疑問は子どもなら誰もが持つがその後違う。未知のものをXと置いて論理を進める数学に関心を持ち、宝物は幾何学の本だ。こうして、学校では落第生と言われながら続けた思索の話が語られる。「自然のすべては数学的単純さを示している」「科学には終着点はない」「創造について学びたかったら謙虚な性格になる必要がある」「知性でなく直観が新知識の産みの親だ」などという言葉をちりばめながら語る部屋の外からはナチの若者の歌声が聞こえてくる。「わがナイフからユダヤ人の血がほとばしれば世界はよくなる」。
 しばらく耳をおおっていたアインシュタインは、「まだ何かできるだろうか。ドイツを救うために何ができるんだろう。もう手遅れだが、やってみるだけだ。人心を変えねばならない。私の身に何かあっても君が引き継いでくれそうだ」と言う。著者は、この不吉な日に、生涯最高の宝物を受けたと感じる。実は夫人はその前から「毎日洗濯かご何杯分も手紙が届き、なかには殺すという強迫もある」と嘆きドイツを離れたいと言っていた。ユダヤ人というだけのことで、常に身の危険を感じなければならない状況の下で、宇宙全体を語る理論への道を語り、手遅れだがやってみるべきだとうめくアインシュタインの声が、今聞こえるような気がする。
 1934年、ゲシュタポに追われてフランスへ逃れた著者は、アメリカに亡命したアインシュタインと1943年に二度目の対話をする。ここで、かつてアインシュタインが提案した国際警察制度の話を出すと、思いがけず「今は平和を語る時じゃない。独裁制をつぶす戦争の話をする時だ。私はもう無原則な平和主義者ではない。現実的な平和主義者だ」という答えが返ってくる。ナチズムという巨悪を、それより小さい必要悪、軍隊で排除するべきだと。この転換には批判もある。ドイツの原爆開発を恐れてルーズベルト大統領に手紙を送ったことにつながるものだからだ。四回目、戦後の対話でアインシュタインは、「今にして思えば、手紙を書く前にもう一度考え直すべきだった。平和を望むなら戦に備えよという諺はもはや嘘になった。戦争につながる状況は変えねばならない」と言っている。
 前述したように、本書の話の中心は宇宙的宗教である。宇宙は単純であると信じる彼は、統一理論を求めた。宇宙の秩序、単純で美しい法則を知ると人は世俗的苦悩から解放され、おのずから宇宙法則にのっとった生き方を選ぶというのだ。これが宇宙的人間であり、この行動原理は科学的事実なので民族を超えて万人に受け入れられるはずだという考えだ。
 今や宇宙を語るには複雑系の科学が必要と言われており、統一理論は夢かもしれない。しかし、科学が単に事実を明らかにするだけではなく、より解放された生き方を教えてくれるという感覚は、生物学でも実感する。それを宗教と呼のが適切かどうかは別としてそこで選ばれる生き方にナチズムや戦争はない——これは筆者の思いだ。

中村桂子(なかむら・けいこ=JT生命誌研究館 副館長)

*中村桂子氏プロフィールはJT生命誌研究館のHP をご覧ください。
 こちらには、氏の「ちょっと一言」が連載されています。




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