●月島を歩く〜『月島物語ふたたび』の世界へ 10
路地は昏い
路地は昏い。
幅にしてわずか二メートルの道の両脇に二階建の日本家屋が途切れなく続いているため、陽が射しこむ時間は実に限られている。燦々と光が踊っている大通りから一歩路地に足を踏み込んだ人は、これまで自分が歩いていた空間とはまったく異質の、ひんやりとした冷気と薄暗がりに包まれていることを知って当惑することだろう。かくいうわたしがそうであって、月島に住むことになるさらに何年か前にとある偶然から友人に誘われて西仲商店街の居酒屋に足を向けたことがあった。いい加減酔払って外へ出、ふと何気なく傍の路地に足を向けようとしたが、夥しい植木鉢が整然と並べられている長屋のたたずまいを前にすると、なにか清廉にして厳粛なものを見ているような気分になった。どうしてもその間を潜り抜けることができず、そのまま元の商店街へ引返してしまったことを記憶している。
(『月島物語ふたたび』第十八回 路地に佇むより)
かつては足を踏み入れることが躊躇われた路地は、いざ住みだしてみると、どこでもすらすらと歩けるようになった。路地ではかならず誰かが、一階の小部屋の窓や二階の物干し台から、通り過ぎる者を見ていた。その静かな視線に親しみを感じて、自然に挨拶ができるようになったのは、祭で御輿を担いだ後になってからだった。わたしはこの島に受け入れられたと感じた。
(『月島物語ふたたび』月島2006より)
■月島や佃島には、細くて昏く、厳かな雰囲気の路地がいくつもあります。工作舎が月島へ越して約1年半が経ちますが、路地に足を踏み入れることはやはり躊躇われます。それでも何度か誘惑に駆られて路地を歩いたことがありました。所狭しと並べられた植木鉢や年季の入った自転車、たちこめてくる煮物や焼き魚の匂い、物音一つしない静けさ…。都心にいることをふと忘れてしまう優しい路でした。(編集者)