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ルネサンス・バロックのブックガイド

第20回
エルヴィン・パノフスキー
『イコノロジー研究 ルネサンス美術における人文主義の諸テーマ』

浅野徹+阿天坊耀+塚田孝雄+永澤峻+福部信敏=訳
ちくま学芸文庫・2002年・上巻336頁・下巻368頁
(初版 美術出版社・1971年・374頁)


『イコノロジー研究』

20世紀を代表する美術史家である著者は、芸術研究手法としてのイコノロジー(図像解釈学)を確立した人物である。それは歴史や時代背景、芸術の主題、図像表現に関する膨大な知識をつなぎあわせ、ある作品がどのような意図のもとにいかように制作されたのかを暴こうとする手法である。本書の序論ではイコノロジーの方法論と目的が理路整然と語られており、言葉の端々にはそこから導きだされた芸術の意味こそが本質的なのであるという著者の自負がうかがえる。これを美術史家たちは驚きをもって受けいれ、読み解きにみられる強引さやこじつけに注意をうながしつつも、その有用性には賛美をおくった。そしてこの芸術作品の見方はいまや一般化したといえよう。

序論で「パノフスキーの眼」を手にいれたところからつづく5つの章は、いわば分析事例集である。そう聞くと退屈を覚えるかもしれないが、それらは良質のミステリーとして読めるほどにスリリングで劇的な展開があり、結末まで読者をまったく飽きさせない。本書の副題が示すとおり、著者の関心は、ルネサンス美術のみずみずしい躍動感の源泉を古代文化の再生という文脈で語ることであった。それは古代文化をどう研究し、模倣し、翻案したのかという芸術家たちの格闘の軌跡を明らかにすることでもあった。とりわけ白眉は最終章の「新プラトン主義運動とミケランジェロ」である。著者はキリスト教文化と異教的古代が、当時どれほど対立的であったかを主張するなかで、矛盾をはらみつつもそれらを統合した究極的人物としてミケランジェロをとらえている。そしてその神がかり的ともいえる独特の造形手法に、ルネサンス・プラトン主義の影響をみている。

著者本人が「総合的直観」という言葉を使うように、図像解釈は博識のみならず鋭い直観にも支えられる。さあ君にはどう見える?と我々の眼を試しているような記述もいくつかある。そこで立ち止まり思考をめぐらせるのも本書読解の楽しみといえる。また、イコノロジーが、先立つ美術史家A・ヴァールブルグや同僚であったE・カッシーラーのアイデアを下敷きに成立したことも忘れてはならない。つまり本書を当時の知的文脈におくことでいろいろな連関がみえてくる。それはまさにこのブックガイドの目的でもあるだろう。

(岡北一孝)


[目次より]
第一章 序論
第二章 ピエロ・ディ・コジモの二つの絵画群における人間の初期の歴史
第三章 時の翁
第四章 盲目のクピド
第五章 フィレンツェと北イタリアにおける新プラトン主義運動
第六章 新プラトン主義運動とミケランジェロ
追録――カサ・ブオナッロティの粘土原型


ミケランジェロ《ユリウス二世墓廟の素描》
ミケランジェロ《ユリウス二世墓廟の素描》


[執筆者プロフィール]
岡北一孝(おかきた・いっこう) :建築史。日本学術振興会特別研究員PD、大阪大学・京都造形芸術大学非常勤講師。博士(学術)。専門領域はルネサンス建築論、建築保存・修復の歴史。



◉占星術、錬金術、魔術が興隆し、近代科学・哲学が胎動したルネサンス・バロック時代。その知のコスモスを紹介する『ルネサンス・バロックのブックガイド(仮)』の刊行に先立ち、一部を連載にて紹介します。




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