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第4回 不在による現前
◉ 空の椅子
美術家のいないアトリエや部屋は肖像のように美術家を代理し、その存在を想起させる。そして、長期間にわたる不在や、とくに死を暗示する。空のアトリエや部屋にはしばしば、居住者である美術家の愛用した事物が置かれ、やはり同様の役割を果たす。こうした図像が成立するのは19世紀のことである。
ファン・ゴッホが《ゴーガンの椅子》(アムステルダム、国立ゴッホ美術館)と《ゴッホの椅子》(ロンドン、ナショナル・ギャラリー)を描いたのは、ゴーガンが予定より早くアルルでの共同生活を解消して黄色い家を去る1888年12月前後のことだった。 これらの絵画はチャールズ・ディケンズの書斎を描いた版画からヒントを得ている。ディケンズの訃報を聞いて駆けつけた画家が、机の前に引かれた、座るもののいない椅子を中心に置くディケンズの書斎を素描し、それが版画によって普及、ゴッホの知るところとなったのである。
空の椅子のモティーフは、キリスト教図像「空の御座」に遠い起源をもっている。それは一般に、目に見えない霊的存在の現前を象徴する。狭義では、やがて到来するはずの審判者のために用意された空の玉座として、不可視のキリストの現前を意味する。 そして、ピカソもまた、空の椅子のモティーフに深く結びついていた。
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左)ゴッホ《ゴーガンの椅子》 1888 アムステルダム、国立ゴッホ美術館
右)ゴッホ《ゴッホの椅子》 1888 ロンドン、ナショナル・ギャラリー
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