◉ 死に対する勝利
バーネット・ニューマン(1905〜70)がデザインした彫刻《壊れたオベリスク》は、ロスコ・チャペルを記念建造物、墓廟と見なす解釈をさらに補強する。これは、ピラミッドの頂点に、下部を失ったオベリスクを逆さにのせた耐候性鋼の彫刻で、チャペル前の池の中に建っている。チャペルの正面入口がモニュメントの中央軸の延長上に位置することによって、両者は視覚的に結びついている。
ピラミッドは墓廟にほかならず、壊れたオベリスクは、17、8世紀に広く死の象徴と見なされていた「折れた円柱」を連想させる。しかし、ピラミッドは本来、死の象徴ではなく昇天の象徴で、死んだ王者が太陽に向かって船出し、永遠に生きるための出発の場所であると考えられた。ニューマンは1940年代から50年代にピラミッドの象徴性について研究し、こうした考えを知っていたという。太陽光線を受けて輝き、先端がそれを切断するオベリスクは生命と記憶の象徴だった。
つまり、ピラミッドとオベリスクの組みあわせは生命のしるしで、暗闇と死に対する勝利を意味すると考えられる。しかも、この彫刻は、きわめて不安定な危うさを秘めながらも、自己充足的な静かさをもっている。そのため、生を肯定する超越を感じとることができる。こうした意味においても、向きあうロスコ・チャペルに呼応する。
バーネット・ニューマンは1963〜67年に《壊れたオベリスク》をデザインした。そして1969年までに4点の作品が制作された。これはそのうちの1点で、メニルが入手し、1968年に暗殺されたアフリカ系アメリカ人の公民権運動の指導者キング牧師に捧げた。メニルは1969年、ヒューストン市役所前にこのモニュメントを建てることを申しでたが受けいれられず、結局、この位置に設置されることになった。
キング牧師を記念するこの彫刻が、その暗殺の直後に建てられたという事実は確かに、この彫刻と死の深い結びつきを物語る。しかし、この彫刻は、キング牧師の最も名高い演説「私には夢がある」を想起させもする。牧師は1963年、ワシントン大行進に参加する20万人を前にして、人種差別の撤退を唱えるこの演説をリンカーン記念堂の前でおこなった。その右手には、都市の中心に建つ、ジョージ・ワシントンを記念するオベリスクが臨まれた。
ニューマンの《壊れたオベリスク》は死と結びつくと同時に、生命と、死に対する勝利にも結びついている。それと向きあうロスコ・チャペルも同様に、ロスコが死にいたるまでとりくんだ作品の中で生き続けていることを暗示する。
ロスコ・チャペル(右奥)とニューマン《壊れたオベリスク》(左手前)
ヒューストン.
[© Ed Uthman CC BY 3.0 from Wikimedia Commons]
たとえ作品が永久に存続しないとしても、それは、作者の名前に結びついている限り、作者の死を超えてその名声を守る。作品が作者の名前との結びつきを失っても、制作者の名声を生き延びさせる。
こうした考えが普遍的にあったからこそ、美術の概念や、美術家のイメージや社会的立場の変化にもかかわらず、美術家は時代を通じて意識的に、自分の痕跡を作品に残そうとしたのだろう。そして、親族、弟子、崇拝者は、作品をよすがとして美術家を追想し、記念したのだろう。
「人間はみな死ぬが美術家は作品の中で生き続ける」。これは本書でとりあげた、美術家が多様なかたちで痕跡を残している作品に、ときに明確に、ときに暗示的に、しかし一貫して読みこまれている確信にほかならない。
【お知らせ】
本連載は今回で終了し、2020年2月末に書籍
『アルス・ロンガ 美術家たちの記憶の戦略』 として刊行します。お楽しみに。