第9回 モナドの知的冒険はつづく
オランダを拠点にインテレクチュアル・ヒストリーの若手研究者のネットワークを牽引するヒロ・ヒライ氏は、研究会やシンポジウムの開催から本の編集・出版・刊行後のパブリシティまで、精力的な活動でジャンルをこえた精神史研究を刺激しつづけている類い稀な人物。まさしくライプニッツが夢見た学者の共和国(res publica litteraria)の仕掛人にして実践者です。
そのヒロ・ヒライ氏と日本ライプニッツ協会の池田真治氏がオーガナイザーとなり、カナダ・マクマスター大学のリチャード・アーサー教授を招聘、東京大学本郷キャンパスでの講演と富山大学での国際シンポジウムを開催しました。
2月12日(金)の東京大学の講演タイトルは「現代科学の観点から見たライプニッツ」。
ライプニッツ哲学の基本原理が、いかにファラデーの場の理論やディラックやファインマンの量子力学、マトゥラナ=ヴァレラのオートポイエーシスやカウフマンの自己組織化の理論をもたらすアイディアに通底するものでもあるかを、鮮やかに披露。ライプニッツの先見性を示して聴衆を魅了しました。
ホスト役・司会の鈴木泉氏とコメンテイターとして口火を切った稲岡大志氏は、ともに日本ライプニッツ協会会員。
稲岡氏はアーサー教授のライプニッツの包括的な概説書『Leibniz』(2014)に、SF作家N・スティーヴンスンの引用を見出して親近感を覚えたとの自己紹介で、場を和ませました。
この講演は、今秋刊行の『ライプニッツ研究』第4号に掲載予定とのことですので、詳細はそちらを参照ください。
アーサー教授は、日本初来日にもかかわらず観光はいっさいせず、講演会に出席した主要メンバーとともに、翌朝新幹線で富山に移動。13(土)・14(日)の富山大学での国際シンポジウム「初期近代ヨーロッパの哲学とインテレクチュアル・ヒストリー」に参加しました。
日本側のシンポジウム発表者は、いずれも気鋭の研究者たち。今後の展開も楽しみです。
イベント間近の2月10日、工作舎のツイッターで、アーサー教授の情報を流したところ、即ライプニッツの肖像をアイコンとするTibicenLeibniz 氏から下記のようなリプライがありました。
アーサーはいま働き盛りの一流L学者や。彼の若い時の『ライプニッツ時間論』は、盟友の新著『ライプニッツの情報物理学』47節で批判されとるように、これは有意義だったが失敗作、しかし着眼は良かった。現在は見解を変えとるようじゃ。2014年の新著は名著〜
内井惣七『ライプニッツの情報物理学』(中公叢書)の刊行予告はだいぶ前から出ていたので、何度か紀伊國屋書店本店に足を運んだのですが、未刊行で入手できていませんでした。アーサー教授講演会の前に、本郷の生協にて『空間の謎・時間の謎』(中公新書)と併せて購入。
『ライプニッツの情報物理学』は下記の3部構成で、B・ラッセルが「お伽噺」として一蹴した『モナドロジー』を情報理論として読み直し、現代科学にまで射程を伸ばした瞠目の一著。
第1部 力学の基礎は情報の形而上学
第2部 空間と時間の起源
第3部 慣性と重力、ライプニッツ的構想の一つの形
“盟友”が紹介しているとおり、第2部第13章「ライプニッツ時間論を解読する」冒頭の47節ではアーサー教授によるライプニッツ時間論への「目の付け所」を評価しつつ、さらに進んだ観点を披露しています。
第1部末尾には「ライプニッツ著作の邦訳について」と題して、「ライプニッツのテキスト、邦訳については、工作舎の著作集10巻を参考にし、得るものが大きかった」と断りつつ、訳文については「わたし自身の訳」を用いたと注記されています。
そのうえで、第9巻に収録した西谷裕作訳『モナドロジー』について、「西谷裕作さんの訳と注が大変参考になったのでそのことをきちんと明記しておきたい」と記されていました。
西谷裕作氏は、下村寅太郎先生の盟友、西谷啓治先生のご子息で下村先生がわが子同然に目をかけていた方。「中世からライプニッツの辺りのことは、彼が一番良くやっとるんやが、あいつ、ちっとも書きよらんのや」(村田全「下村先生と西谷裕作君のこと」『下村寅太郎著作集』第13巻月報) と嘆かれ、第I期『ライプニッツ著作集』の核でもある『形而上学叙説』と『モナドロジー』の翻訳を命じたのでした。
遅々として進まない訳業を、京都まで出向いて激励し督促くださったのは、山本信先生でした。 西谷裕作訳『モナドロジー』が、このような形で新たな知的冒険を触発しつづけている現況を、不死の諸先生のモナドもさぞや慶ばれていることでしょう(十川治江)。