第10回 社会を変えるゲームのゆくえ
人工知能「アルファ碁」が現役最強の棋士とされる韓国のイ・セドル九段を4勝1敗で下したというニュースは、人間ならではの直観力を最後の砦にしていた私たちに衝撃をもたらしました。この事件について坂村健氏は、仕事特化で考えるならAIは人間より優秀になり得るしAI はいくらでもコピーできるので多くの職種がAIに取って代わられる日の到来が意外と近いことを示しているとし、「その日に合わせて社会の枠組みを変えられるか──社会を変えるゲームはまだ人間だけで戦わざるを得ない」としています(『毎日新聞』3月17日朝刊)。
その興奮もさめやらぬ 3月22日、ベルギー、ブリュッセルの空港と地下鉄のテロ事件のニュースが飛び込んできました。IS系のメディアが犯行声明を出したとのことですが、報復合戦を拡大するばかりでは事態を好転させるはずもなく、社会を変えるゲームの難しさを痛感するばかりです。
ただし、価値観の輻輳するこの現実社会を変えるゲームこそ、人工知能に任せようもなく、任すわけにはいかない窮極のゲーム。元をたどればアフリカに発した人類が、ヨーロッパや北アメリカに移住した時期の少しばかりの差による格差はひろがる一方ですが、共通善を探す方途はひらかれていると信じます。
ブリュッセルは文化の多様性を受容する地として歴史を紡いできた街。2014年10月16・17日には、フリーメイソンが創設にかかわったといわれるブリュッセル自由大学で「日本におけるデカルト哲学の遺産──哲学的な解釈と受容」と題したシンポジウムが開催され、日本から谷川多佳子氏が招かれて基調講演をしたことが想起されます。『風土の日本』などの著作で知られるオギュスタン・ベルクやリエージュ大学日本学センター長のアンドレア・テーレ、昨秋の日本ライプニッツ協会大会で講演したポール・ラトーの後輩アルノー・ペルティエなどの参加諸氏を前に、谷川氏は「日本の近代哲学におけるデカルト」と題して、西田幾多郎、和辻哲郎、三木清のデカルト受容と批判を検討し、3人の哲学者のオリジナリティの一端を示し、反響をよんだそうです。
シンポジウム詳細は、今秋パリの老舗ガルニエ書店(Classiques Garnier)より出版予定とのことですので、ご参照ください。
この夏ハノーファーで開催される「第10回国際ライプニッツ会議」をひかえ(『通信』1参照)、大阪大学にて日本ライプニッツ協会の春季大会が開催されます。 プログラムは以下のとおり。
日時:2016年4月2日(土) 13時〜17時30分
会場:大阪大学・大学会館・大講堂(豊中市待兼山町1-13)
プログラム:
研究発表1 三浦隼輝「ライプニッツ哲学における二重化された有機体
(司会:上野修)
研究発表2 阿部皓介「前期ライプニッツ哲学における幾何学と記号法」
(司会:池田真治)
シンポジウム「理性と公共善──現代世界の技術と倫理の諸危機に
ライプニッツの《予定調和》の哲学はどのように応え得るであろうか」
提題者:枝村祥平、酒井潔、長綱啓典
ほかに提題者(代読):クレ—ル・フォヴェルク、松田毅、ポール・ラトー
日本ライプニッツ協会の大会は毎秋、ライプニッツの命日11月14日前後に開催されてきましたが、より多くの研究発表の機会をと、昨年から春にも開催されるようになりました。
今回は第1巻『哲学書簡』 の「スピノザとの往復書簡とスピノザ注解」を訳された上野修氏がホスト役です。
一見遠回りのようでも、人間はどのように苦闘しながら今日の社会をつくりあげてきたのかを省察し、立場を異にする者同士が対話を重ねることが、より善き社会への方向を見出す道を拓くはずです。パリのテロ事件後の今野諒子氏によるライプニッツ学徒ならではの示唆(『通信』7)も、歩を前に進める勇気をもたらしてくれます。
第2巻『法学・神学・歴史学』は、まさに善き方向に社会を変えるべく尽力したライプニッツの探究の跡をたどれる巻。第1部・法学6「正義の概念についての省察」の付録として、佐々木能章氏が抄訳した「他人の立場」というコラムも、時代を超えるヒントを提供してくれでるでしょう。
第2巻に収載された各論考・書簡を読むと、数学や論理学、自然科学において類い稀な天稟に恵まれたライプニッツが、法学・神学・歴史学といった一筋縄ではいかない分野に多大な時間をさいたのは、宮廷人としての職務を超えた動機に促されていたことがうかがえます (十川治江)。