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本の仕事人

#001 大盛堂書店 片岡清一さん

棚づくりの原点は、
お客さまの喜ぶ顔、出版社の喜ぶ顔

 

歴史の棚の前で片岡さん。

『国史体系』などハードな専門書がずらりと揃った歴史の棚。
 

網野善彦氏コーナー。読者の裾野を広げてくれると感じ、デビュー作『中世荘園の様相』(塙書房)から展開に力を入れた。

人物の魅力から歴史に興味を持ってもらいたいという願いから「人物書フェア」を開催中。これも出版社の協力なしではできない。
 

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渋谷・大盛堂書店本店

住所 東京都渋谷区神南1-22-4

※2005.6.30 閉店



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  • 006 青山BC六本木店 柳澤隆一さん
  • 005 江崎書店成城店 千葉茂之さん
  • 004 あゆみブックス新百合ヶ丘店 大野浩明さん
  • 003 ブッククラブ回 榎本貴之さん
  • 002 八重洲ブックセンター恵比寿三越店 野俣憲史さん
  •  

    ■スリップにすべて書いてある

     大盛堂書店の歴史書コーナーといえば、通も唸る専門書の品揃えで有名だ。『国史大系』や叢書など、一般書店ではお目にかかれないコワモテ専門書がずらりと並ぶ。2年前の大リニューアルで、6Fから地下フロアへ移動したが、20年来担当する片岡さんの姿勢に変わりはない。

    「ここはお客さまと出版社と取次とで、作ってきた棚です。棚を見れば、書店員がどんな姿勢で作っているのか、わかると思いますね」

     担当になった当初、理系の片岡さんにとって歴史はむしろ「苦手な分野」だったという。知識不足から出版社の営業との会話さえ成り立たない。「同じラインに立って話ができるようになりたい一心で、必死に勉強しました」

     その手法はスリップ(*1)を家に持ち帰っての分析。どの社のどんな書籍が売れるのか、その出版社にはどんな著者がいるのか、さらには曜日や月ごとの傾向や、高額本の売れ方の傾向も。「スリップを見れば全部書いてありますから」


    ■前代未聞の出版社訪問

     やがて常備(*2)入れ替え時には、「こういう棚を構成したいから品切れ本も出荷してください(*3)」と出版社1社1社に出向いてお願いした。書店員が出版社を訪問すること自体前代未聞、今でも語り種になっている。

    「出版社から勧められる売れ筋商品もいいんですが、自分の店に相応しい本がほしいですからね。相手になってもらうためには、こちらも自分のお客さまの情報を提供しないと。すべてキャッチボールなんです」

     お客さまから聞かれた本は品切れでも揃えたい。熱意が通じ、ついには出版社のほうから「そろそろ注文が来ると思って取っておいたよ」という関係にまでなった。

     逆に、顔も出さずに電話で「いくら売れた?」と聞いてきた大手営業マンには「担当なら棚を見に来てほしい」とタンカをきったことも。 「実際に棚を見れば、営業はその店に合った商品や情報が提供できるはずですから」

     新刊だけの案内や「他の書店で売れているからこの店にも」という営業では片手落ちと手厳しい。正論をきちんと言い、それに見合う情報を提供することで応える。


    ■お客さまに喜んでもらったとき、本が生きる

     だからこそ、お客さまとの間でもキャッチボールを欠かさない。問い合わせに答えられるように知識も身につけた結果、片岡さん目当てに来店する大口客が少なくない。片岡さんの接客には「お求めの本を探してお客さまに喜んでいただきたい」という基本の姿がある。

    「本が生きてくるのは、お客さまに『読んでよかった』と思ってもらえたとき。そのために我々書店員の役目は、出版社とお客さまとの風通しをよくすることなんです」

     返品さえも営業の顔を思い出して、「もうちょっとがんばろうかな」と思い直す。売れたらその出版社に電話して喜びを分かち合う。 「僕は人間が好きなんですよね。本を通したつきあいでも、結局は人間対人間のつきあいだなと思うんですよ」


    ■本屋に行けば発見がある

     読者への望みはただ一つ。「まずは本屋に寄って、楽しんでほしいですね。いろんな本の中から好きな本を見つけてほしい」。そんな発見の手助けとして、月替わりのフェアを開催している。7/10まで『人物叢書』フェアを開催中だ。


    註:
    *1  スリップ…2ツ折りになって本に挟まれている細長いカード。書名、著者、定価、出版社名など基本データが記載されている。レジで本から抜けば補充用の注文票になる。また、書店や出版社のデータ分析に活用された。ただし、現在はバーコードから読み取ったPOSデータが主流となっている。

    *2 常備…出版社社外在庫として、商品を書店に置いてもらう制度。売れたら書店は補充注文する。通常商品は年に1回入れ替え、出版社のお勧めセットを入れることが多い。

    *3 品切れ本の出荷…一般に書店は本を返品することができる。出版社は返品された本をカバーを替えるなどきれいに整えて、再度出荷する。そのため一度品切れとなった本でも、返品があれば出荷できる。

    2004.6.29 取材・文 岩下祐子


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