■精神世界のセレクト書店
青山一丁目界隈も青山通りから奥に入ると閑静な住宅地となる。ガラスのピラミッドの先に小さな看板を認め、螺旋階段を降りる。下へ下へ、降り着いた先に1万冊の本、CD、グッズが並ぶ。落ち着いた照明のもと、ほのかにお香が香り、スーフィの音楽が静かに流れている。
ここは異空間、ブッククラブ回。オープンから15年、精神世界(*1)、癒しブームを担っている。入社5年のスタッフ、榎本さんにお話を聞いた。
「ぼくはここを癒しのブックショップと考えたことはないんですよ。棚の編集がおもしろかったんです」
見たこともない民族音楽のCDが置いてあったり、小説の隣にマンガが並んでいたり、斬新なアプローチが刺激的だったという。榎本さんもそんな棚づくりを継承している。
■発想の飛躍が棚の編集のおもしろさ
「季節の変わり目に」というミニコーナーでは、整体や食べ物で自己ケアを推奨する定番本の中に、『幸せを呼ぶインテリア風水』を置く。意外なセレクトの真意は、「身体の快適さということでは、環境も無視できないと思います。身体の延長として、部屋の模様替えも並べてみました」
こんな発想の飛躍こそが棚編集のおもしろさ。読者のイマジネーションを刺激し、“気づき”をうながしたい。ときには読者の期待を裏切るかのように、何かを提唱する本の隣に、あえて否定する本を置く。
「お客さまに選んでもらうというスタンスです。店自体のセレクトが独特だからこそ、ニュートラルなスタンスを大切にしています。店側で『この本がいい』とか『この考えがいい』と主張するのではなく、方向性を指し示すだけで」
本のセレクトも個人的な好みに片寄らないように、店として読者に提案できる本を合議する。
「本は“きっかけ”だと思うんです。本を読むことで何かが変わったとしたら、本が変えてくれたわけではなく、読んだ本人が自分の中で消化したから。本はそこではじめて意味を持つものです」
本のよさは、著者のメッセージをひとつのパッケージにしていること。自己主張の度合いもテレビに比べ距離感がある。読むスピードも本人次第。つまり受けとる側が主体となれる。ならば書店の棚も読者を主体に、という姿勢が伝わってくる。
■精神世界を限定してはいけない
精神世界の専門書店と思って訪れると肩透かしをくらうかもしれない。神秘思想やチャネリングはもちろん、先のインテリア本をはじめ、料理、健康、セクシャリティ、サイエンスなど多様な本が並び、先入観を見事に覆してくれる。
「この店では『精神世界とはこういうもの』と限定はしません。精神的な活動は、呼吸と同じように人間に不可欠なもの。限定されるべきではありません」
ニューズレター(*2)の巻頭インタビューもしかり。藤原新也(*3)、田口トモロヲ(*4)という顔ぶれは、精神世界との関係を感じさせない。「あえてそういう方々を選んでいます。現実と関わって何らかの形を創りあげている方なら、たとえ言葉で語らなくても感覚的に、高い精神性に通じています」
真のスピリチュアル(霊性)とはそういうものだった。特別な次元にあるのではなく、日常の中に遍在するものと——。
ブッククラブ回は精神世界の奥深さそのものを展開する。豆腐のようにやさしい癒しも、ゴツゴツとした歯ごたえある悟りも、すべてが用意されている。この膨大な本の中で選ぶのはあなただ。
■本を通じて多くの出会いを経験してほしい
そもそも「ブッククラブ」とは欧米で発達した会員制のネットワークで、特定の眼で選んだ本をカタログで紹介し販売する方式。日本に導入したマネージャーの河田留奈さんからメッセージをいただいた。榎本さんらスタッフを率い、店のスタンスを築きあげた人だ。
「本は時間や場所を超えて、いろいろな人たちと会える媒体です。ふだん出会える人は限られていますし、どうしても自分の枠の中でしか物事を見られなかったりしますが、本という媒体を通せば多くの出会いができます。この店もそんな出会いを提供する場所でありたいと思っています」
註:
*1 精神世界…「宇宙や生命という大きな存在と自己とのつながりや、人間のもつ無限の潜在能力を強調し、個人の霊性・精神性を向上させることを目指す思想・実践で、一種のサブカルチャーとして広く社会に存在する。米国ではニューエイジ、日本では精神世界と呼ばれることが多い」(朝日新聞社刊『知恵蔵』より)。もとは新時代を模索する地球規模の潮流だったが、次第に個人に対する癒しの側面が強まり、現在ではセラピー、チャネリング、前世療法、レイキ、波動、占星術、超能力などを指すのが一般的。ここ数年は「スピリチュアル」という名称に変わりつつある。
*2 ニューズレター…ブッククラブ回が、年4回発行する情報誌。6ページにわたるインタビュー、インタビューテーマに関連したブックガイド、新刊情報など32ページの充実した内容。毎年『スピリチャル・データブック』(ブッククラブ回発行・星雲社発売)としてまとめられ、一般書店にも流通する。
*3 藤原新也…写真家・作家:「人間は自分を喰いつつ生きていると思うから、自分を喰うのなら、一番新鮮な自分を喰いたい。ある意味、非常に贅沢だよね。それには常にリスクを犯して結界を壊していかないと」(interview「EDGE—高く、そして鋭く」NEWS
LETTER summer 2004 Vol:056より)
*4 田口トモロヲ…俳優・映画監督:「よっぽど自分自身を突き詰めたり、極めたりできる人間でないと、自分に見える風景って変わらないと思うんです。そういうことを把握した上で、じゃあ、どうしていくかっていうことだと思います」(interview
「変身!」NEWS LETTER autumn 2004 Vol:057より)
2004.9. 取材・文 岩下祐子