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#018 ブックファースト梅田店 伊添美保子さん

フェアの発想は自分の引き出しの中にある

 

吹き抜けとなっているビジネス書コーナーから理工書に続く通路。


ビジネス書の上段には文学全集が整然と並ぶ。


理工書の最初の棚は建築書のビジュアル本を配置。


建築作品集。美しい写真で手に取りやすい。平台が少ないので、棚での面陳に工夫を凝らす。


建築の棚を整理する伊添さん。


伊添さん考案のウサギキャラ。このフェアのために産み出した。


メインフェア台で大きく開催した「感覚と思考の中枢」フェア。その一角には『ドグラ・マグラ』まで。フェアはお客様が数ある既刊本に触れる「入り口」になる。忙しくてもフェアを中心に考えたい。


次のフェアに決めた『流線型シンドローム』を手に。フェアは自分が興味があるほうへ、好きなほうへと、テーマをたぐり寄せるだけ。もちろん売り上げも気にしつつ。




ブックファースト梅田店

営業時間 8:00〜22:00(日・祝10:00〜)
住所 大阪市北区梅田1-12-39  新阪急ビル1〜3F
tel 06-4796-7188
URL https://www.book1st.net/

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  • 017 読者に聞く2 本好きが新刊書店に行かなくなった理由
  • 016 紀伊國屋書店新宿本店 和泉仁士さん
  • 015 台湾・誠品書店信義店
  • 014 恵文社一乗寺店 店長 堀部篤史さん
  • 013 JRC 代表 後藤克寛さん
  • ■吹き抜けの先にはアートのような建築書を

     大阪・梅田は大型書店の激戦地域(*1)。新阪急ビル1〜3Fにあるブックファースト梅田店は5年前に新規参入した。1Fの雑誌・文芸売り場も見事だが、この店の真骨頂はエスカレータを上がった2Fにあるといえるだろう。

    「今まで見たこともない吹き抜けのフロアです」と、理工書担当の伊添さんが案内してくれた。エスカレータ付近の中央部が吹き抜けとなり、ひときわ天井が高い。この一角は店の主力・ビジネス書が展開するが、上段には文学全集が並び、別の様相を呈している。この開放感あふれる通路の先が、伊添さんの理工書だ。建築の大型作品集のビジュアルが迎えてくれた。

    「最初、理工書をやってくださいと言われたときは、このレイアウトではなかったんです。そのときの店長に相談して、お客様が見て気持ちのいいビジュアルがバンと見えるように変えました」。

     建築の作品集は美しい写真がふんだんに使われ、専門家ではなくても手に取って眺めたくなるからだ。「アートと建築をいっしょに置くお店もありますが、うちはアートは3F、建築は2Fの理工書売り場と、分けて置きます。でも、最初にお客様の視線がいくところは、建築の中に埋もれさせないで、アートのように見せてあげたい」。それがこの天井の高い通路からいらしたお客様を楽しませることになる。

    ■お客様の脳を揺さぶるフェア構成

     お客様へのもてなしの気持ちは、随所で展開されるフェアに顕著だ。語学コーナーの「英語シャドーイング超入門」フェアのうさぎキャラクターは、語学も兼任する伊添さんのオリジナル。「フェアではテーマに沿って統一したPOPや看板をよくつくります。うちの店全体で力を入れているんです。人文でもくいだおれ太郎をキャラクターにしたフェアをしていますし、3Fも凝ったものをつくって、それぞれに面白いことを探しています」。

     メインのフェア台で展開中の「感覚と思考の中枢」フェアもしかり。脳科学者・茂木健一郎さんの著書を中心に、『赤ちゃんが生まれる』から、視覚マジックなど延長線の本が並ぶ。極めつけは『ドグラ・マグラ』。この本でお客様の脳を揺さぶりたいのだという。

    「本のキーワードをたどっていくと、蜘蛛の巣状に広がっていくのが面白いんです。フェアをするにしても、なんでこの本がここにあるんだろうと、お客様の想像をかき立てるほうがいいかなと思っています」。 その発想は自分の引き出しの中にある。「パターン化していたら、あえてもうちょっとぐちゃぐちゃに壊してみよう」と思考実験を繰り返す。

     次なるフェアは「流線型」。「『流線型シンドローム』(*2)という車のラインやコカコーラのボトルなどの工業デザインと大衆マスメディアの文化史の本ですが、人文だけじゃなくても、工業デザインのくくりで理工でもいけると思いました」。 流れるようなデザインになぜ人は惹かれるのかと、機械の棚で7月に開催する。これはかなり刺激的だ。

    ■本を通して知る愉しみ

     伊添さんのこうした引き出しは普段からの読書にあるのだろう。著者の人柄に惚れ込んで、その人の本を全部読みたくなってしまうときがあるという。

    「つい最近のことですが、狐というペンネームで書評を書いていた山村修さん(*3)の『禁煙の愉しみ』を読んだんです。禁煙をしながら感じたことを書いたすてきなエッセイでした」。すぐさま、ちくま新書の『<狐>が選んだ入門書』を買ったら、略歴で「2006年に死去」と知りショックを受けた。 しかし、次に読んだ文春新書の『書評家<狐>の読書遺産』では、「あとがきを中野翠さんが書いているんですが、親戚関係だったと知って、2度びっくり。実は中野翠さんも大好きなので、余計にうれしい」。

     好きな作家同士のつながりがわかるのも本読みの楽しさ。それをお客様にも伝えたいとフェアを仕掛けるのだから、刺激的になるのもうなづける。

    ■古本屋さんから学んだこと

     本を探し始めると品切れで手に入らない状況に出くわすことが多々ある。「読みたい本が品切れとわかると、古本屋さんに行かなかれば!となります。それが嬉しかったりするんです」。そして古本も新刊も区別なく買うようになっていた。古本好きが知れたのか、6月に「モダン古書展 古本サミット」(*4)というイベントに声がかかった。大阪古書会館で、新刊書店員も古書店員も一般愛好者も一堂に会しての大意見交換会だった。

     テーマは本の買い方。新刊書店では何を買っていいのかわからないお客様が多い。テレビで紹介された本のタイトルがわからないなど、問い合わせに翻弄される新刊書店員たちの悩みに対して、「ある古本屋さんから『本って探すのが面倒くさいから、僕も聞いちゃうなあ』って言われたんです。お店に入っても、自分が欲しい本がどこにあるのかがわからないって」。

     確かにそうだ。新刊書店は本が多すぎて迷ってしまう。それに比べ古書店では、これぞという本を探しに来るお客様が多い。だが、お客様の立場から見れば、新刊書店に行けば出版社に問い合わせして、できる限りの手を尽くして探してくれる頼りになる存在。古書店と新刊書店の役割は自ずと分かれている。

     その古書店主はベストセラーを売りにくるお客様には、「これだけ何十万部と売れた本はみんな持っているし、お客様がおっしゃっている値段では買えない」と、とことん説明するのだと言う。

    「結局は人と人。相手にいかにわかってもらえるかが大事だという基本を思い出しました。大きな店ではお客様一人一人に密に接する時間がとれないのですが、小さい店舗のときは常連の人と、あのお客様が好きそうな新刊が入ると、取っておこうと気を配ったものです。それこそ古本屋感覚で」

     好きな古本を通して、新刊書店の良さを見直したり、足りない点を反省したり。書店員としての目標がまた増えた。


    註:
    *1 梅田周辺の書店…大型書店では、御堂筋をはさんだ向かいに旭屋書店本店、阪急梅田駅に紀伊國屋書店梅田本店、堂島にジュンク堂書店大阪本店がある。

    *2 『流線型シンドローム』…サブタイトル:速度と身体の大衆文化誌/原克著/紀伊國屋書店刊行

    *3 山村修…会社勤めの傍ら日刊ゲンダイに「狐」のペンネームで綴った書評が評判となる。本名の山村修名義ではエッセイを出版。『禁煙の愉しみ』は洋泉社から刊行後、新潮OH!文庫に収録されたが現在は共に品切れ(伊添さんは図書館で読んだ)。週刊媒体探偵団082 狐の書評も参照。

    *4 モダン古書展 古本サミット…モダン古書研究所が企画する古書即売イベント。6/6〜8に大阪古書会館で、7/18〜21は芦屋市立美術博物館で開催され、古本の即売や一箱古本市に加え、パネルディスカッションの古本サミットで構成。伊添さんの参加した古本サミットは6/7のvol1、7/19にはvol.2として本の売り方がテーマになる。クライン文庫内に案内ありも参照。




    2008.6.23 取材・文 岩下祐子


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