■専門書の扱いに長けた取次
かつて鈴木書店という取次があった。人文書を中心とした専門書の扱いに長け、きめ細かなフォローに定評があったが、2001年に倒産。出版業界に衝撃を与え、多くの出版人が消滅を惜しんだ。その鈴木書店出身者がつくった取次がJRC(*1)である。代表の後藤さんにお話をうかがった。
「会社を立ち上げる前に、電話でリサーチをしたんです。その中で鈴木書店が倒産した影響は非常に大きいと言われました。単なる取次ではなくて、実際に出版社に代わって営業をになっていたからです」。そのとき身をもって感じた出版社の要望は、より緻密に業務内容に反映させた。
業務は大きく二つに分かれ、ひとつは出版取次、出版社と書店をつなぎ、本の運送、売り掛け金の回収-支払いといった流通業だ。もうひとつが出版社の営業代行。
「小規模出版社はたいてい書店への営業活動がむずかしい。1人2人と人員が少なく、営業の時間が割けません。まして宣伝広告(*2)はできない。出版社に代わって、書店に対してその出版社の出版物の案内をしています」。
中には、JRC一手扱い(*3)の出版社もある。営業代行と取次業務をうまく連動させ、出版流通を一貫して請け負うことができる。JRCと取引のない書店に対しては、仲間経由(*4)で商品を流通させる。一手扱いは、双風舎にはじまり25社にまで増えた。評判を聞いた出版社から次々に声がかかる。
■書店に専門書が並ばない!
「取次が営業代行を仕事として請け負っているところは他にないですね」。その必要性を感じたのは危機感からだ。
取次の重要な仕事に新刊の配本がある。書店が発注しなくても、新刊が届くシステムだ。どの書店でこの傾向の本がどれくらい売上をあげているか、というデータが蓄積され、それに基づいて配本される。
「ところが実際問題としては、専門書は、売上の価が少なすぎてデータに載らないんですね(*5)。取次がデータに基づいて配本しても、書店状況に合うとは限らない。大手取次は、膨大な書店を抱えていますから、専門書をカバーするのは非常にむずかしいと思います」。
取次といえば、大手書店ばかり優遇すると中小書店から不満が噴出しているが、専門書の場合はそれとも違うという。
「確かに1万部、2万部という大量部数の本なら、大手書店に優遇することはありますが、少部数の専門書に関しては優遇するも何もないんですよ。かなりの確率で配本されないんですから」。
専門書の刷り部数は非常に少なく、千部、500部もザラだ。全国には大型書店だけでも数多くあり、例えば、初刷500部の本なら、配本されない書店がほとんどと考えていい。
「専門書の場合、問題は書店に並ばないということです。読者の眼に触れる機会が少なくなってしまう、だからより深刻なんです」。
■今や専門書は巨大書店に一極集中
効率優先の中で、書店の売り場から専門書はどんどん駆逐されていく。かつて、教養書的な専門書を積極的に展開した地域一番店が勢いを失い、消えていく。だが、その一方で、ナショナルチェーンの千坪級の巨大店舗が、専門書の品揃えをアピールするようになった。
「本屋が身近にあるかないかは大きな問題です。大型書店に行けば何でも揃います。けれど、大型書店はどこにでもあるわけではない。ターミナル駅か郊外のショッピングセンターか。街の書店がなくなり大型書店だけになると、行けない人、行かない人が本に接する機会が減る。そういう意味では本とは何だろうと考えるわけです。絵空事かもしれないけども、大型書店と街の書店が共存する在り方があってもいいかなと思うんですね」。
とはいうものの、JRCの取引書店は大手中心とならざるをえないのが現状だ。いずれ余裕ができたら、地域の書店にも雑誌やコミックだけではなく、基礎的な専門書もある特徴をもった書店づくりを提案したいと切望する。「心ある書店人はいるわけですから」。
■批判精神を養うために
本とは何だろうか?——ことに、専門書の意義とは何だろう? 専門書が売れないのは、消費者のニーズがないのだろうか?
「個人の意見になりますが」と、前置きして後藤さんは語ってくださった。
「かっこよく言えば、専門書は批判精神を養う素だと思います。メディアで流された情報がまかり通ってしまうけれど、それでいいのだろうかと、思うんですね。うまく言えないけれども、今の世の中の体制を批判的に見ていく視点がなくてはいけない。専門書の価値は、そこにあるんだと思います」。
もちろん、専門書といってもさまざまだ。JRCが扱う人文書や社会科学書に限っても、右派から左派まで、さまざまな視点から語られている。
「右も左もみんなあっていいと思うんですよ。ただ、自分なりに判断していくことはどうしても必要だと思うし、そうした眼を養う基礎として専門書の役割があると思います。私なんか古い人間ですから、やはり大学の教養課程で受けた影響はけっこうありました。そういう意味では、専門書の役割はどんなときも決してなくならないし、ますます必要になっていくと思います」。
JRCのサイトには後藤さんが綴った創業の辞がある。
私たちは読み継がれていく本を、こころの財産となる本を、書店と読者に迅速に、確実にお届けします。
本と情報の送り手として、作り手と売り手の考え、思いを双方に伝える仕事をします。
どのように棚を作り、どのように本を並べ、どのように読者にメッセージを伝えるか提案します。
本の流通改善へのかすかな波紋をいざなう一滴となることを願ってJRCを創業しました。
人生のよきパートナーとなる、永く付き合える味わい深い本と出会えるために。
註:
*1 JRC…創業当時は、株式会社人文・社会科学書流通センター(JRC)。
*2 宣伝広告…書籍の広告といえば、新聞や雑誌媒体が多い。特に朝刊第一面の記事下3段を横に8分割した広告枠は、三八広告といい、書籍広告の代表例。新聞や取引関係によって料金は異なるが、朝日新聞は公称一枠120万円。小さな出版社にとって容易に手が出せない。
*3 一手扱い…通常、出版社は大手を含め、複数の取次を使い分けるのだが、JRC1社とだけ取り引きすること。
*4 仲間経由…取次間で商品を融通させるシステム。自社で取引きのない出版社Aの注文が発生した場合、Aと取引のある取次を介して商品を流通させる。
*5 専門書の売上がデータに反映しない…後藤さんの言葉を裏付けるようなことを最近経験した。某大手取次には専門書センターという、書店の注文に迅速に対応するために、一定量の在庫をプールする倉庫がある。1週間の書店注文状況に応じて、出版社へ追加注文がなされるシステムだ。工作舎へも毎週定期発注があったのだが、今年になり途絶えた。聞くところによると、システムを全自動化し、一定数の売上がないと発注しないのだという。つまり2、3冊程度の売れ行きでは、補充はしない。良質でも地味な動きの本は、専門書センターからいずれは消えていくだろう。市場の原理だ。
2007.3.13 取材・文 岩下祐子
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