なぜ本が売れなくなったのだろう。この疑問は読者に聞いてみたい——そんな思いから、若い世代の工作舎ファン・由里葉さん(*1)に、書店について、読書についてお聞きしました。由里葉さんは、webサイトNEW
ATLANTISを主宰。読書と鉱物とレトロモダンな雰囲気にあふれたサイトです。ここで、『遊』コンプリート収集計画を宣言されるほど。そんな由里葉さんに、工作舎の魅力を語っていただきました
■棚が魅力的ではないと、本は買えない
——好きな書店を教えてください。
札幌から上京して一年町屋に住んだ後池袋に引っ越しました。池袋はジュンク堂書店やリブロをはじめ大型店が多くて、本があふれている街と感じました。そんな中でも気に入っていたのが「ぽえむ・ぱろうる」です。リブロの中にある小さな本屋ですが、幻想系の本がまとまっていました。いろいろな本に出会える大型店もいいのですが、小さな空間に厳選されたものがギュッと詰まっていることがよかった。7、8年前のことです。ネットがここまで浸透していませんでしたから、いい棚を見て棚から発見することは大きかったですね。その「ぽえむ・ぱろうる」もなくなってしまって残念です。
——今はいかがですか?
最近は新刊書店にはあまり行かなくなってしまいました。古本にはまっていて、古書店ばかり行っています。新刊は目的の本が出たら買いに行くのですが、正直、新刊書店はあまり見ていません。
——新刊書籍の寿命が短くなってきて、すぐに品切れになってしまいます。そういう意味でも古書店はかなり重要になってきていると思います。
古本だと何に出会えるのかわからないところが面白いんです。予期しない巡り会いという点では、古本のほうが大きいかな。しかも古本は安くて、いいものを買えることもまた楽しみです。単純に安い本を探すというよりも、ゲーム感覚かもしれません。最近は、東京古書会館で開催される古書市にも行くようになりました。戦前から1970年代年くらいまでの古い科学の本をちょこちょこ集めています。買うときには自分の中で基準を持って、科学の本でデザイン的に優れているもの、値段は2、300円、高くても500円くらいまでと決めています。正直、ここ2、3年は洋服やライブに浮気してしまい、本を買わなくなっていたんです。古本に目覚めたおかげで、本への興味も復活しました。
——読者のみなさんが本を買わなくなり、新刊書店も大変な状況になっています。古書店の影響というよりも、新古書店、いわゆるブックオフの影響もあると思いますけれど。
それは難しい問題です。本も好きだし、本屋も好きなので、なるべく力になりたい、一読者として支えていきたいという思いはありますが、棚が魅力的じゃないんです。売れ筋商品しか置いていないと、やっぱりつまらないと感じてしまいます。その按配は難しいでしょうし、売れ筋で利益をあげなければいけないこともわかります。大型書店も便利ですが、点数がたくさんあればいいかというとそうでもない。私はちょっと目利き的な、セレクトしている本屋が好きなのかな。今住んでいる近所には往来堂書店(*2)があって、そこの棚は面白いですね。
——往来堂さんも小さくて、全部を網羅できるわけではなくて、セレクトも片寄らざるをえないようですが。
その片寄りがひとつのキーワードだと思います。大型店はとりあえず全部揃えておくという感覚ですよね。でも私はそういう棚にはあまり惹かれない。マニアックな路線で、なおかつ面白い棚が一番好きなんだと思います。棚がいい書店として思い浮かぶのが、京都の恵文社(*3)と三月書房ですね。三月書房は新刊書店に見えないような小さなお店。一方、恵文社はおしゃれで、行くたびに広がって、雑貨も置いてあります。恵文社に行くと新刊もガンガン買いたくなってしまいます。単純に安ければいいという問題ではなくて、購買欲を掻き立てられるかどうか。京都に行くと新刊を買いたくなるんです。どんな切り口でセレクトして並べるかが重要なんだと思います。
■科学から文学へ
——恵文社さんには幻想文学の優れた棚がありますね。やはり幻想文学が揃った棚がお好きですか?
幻想文学は好きなテイストですが、ライトな読者です。私の中では鉱物の存在が大きい。ジュール・ヴェルヌの『地底旅行』やドイツ浪漫派に関心があるのは鉱物が好きだからですし、現物の石も収集しています。国書刊行会「書物の王国」シリーズの『鉱物』も高校時代に買いました。これは鉱物にまつわるアンソロジーで、幻想文学と親和性が高いことがわかります。
——先に鉱物があって、それから幻想文学ですか?
ええ、出発点は科学です。鉱物からドイツ浪漫派に行き、宇宙から池澤夏樹や稲垣足穂に辿り着きました。珍しいタイプなのかもしれないですね。もともと両親が理系出身で、雑誌の「NEWTON」を定期購読し、天文のポスターを部屋に貼るのが当然という家庭環境で育ちました。だから足穂に惹かれたんだと思います。足穂に出会ったのは、高校時代、その当時よく通っていた北大周辺の古本屋、北天堂書店です。装幀がまりの・るうにいさん。そんなことからも工作舎とつながっていたのですね。
——小さい頃はどんな本を読みましたか?
実はもともと本はあまり読まない子供でしたが、高校に入学した頃に池澤夏樹の『スティル・ライフ』と出会いました。理科系の内容を文学に落としこんでいることに惹かれ、「読む楽しさ」を知りました。科学と文学というと、宮沢賢治もそうですね。高校1年のとき、地学部で、賢治作品の抜粋に鉱物を添える、という展示を企画しました。賢治の作品に描かれている鉱物から、かなり影響を受けました。鉱物に限らず理科的素養がものすごいですね。『銀河鉄道の夜』冒頭の「午後の授業」では、当時の最新の宇宙論が説かれています。
——科学知識に基づいた文学がお好きなんですね。
科学者が書く文章やエッセイにも惹かれます。寺田寅彦や中谷宇吉郎、海外ではレイチェル・カーソン。農薬の害を説いた『沈黙の春』や、最後の『センス・オブ・ワンダー』が有名ですが、元々は海洋学者で『海辺』など海の本を出していました。海の描写が美しいんです。『星投げびと』のローレン・アイズリーもそうですね。いかにも文学している本よりも、科学的なスタンスで詩心を感じさせる、そんな本に惹かれるようです。
■科学からこぼれ落ちた本を求めて
——工作舎の本はどんな本を?
実は『アインシュタインの部屋』が、最初に読んだ工作舎の本です。図書館で見かけて読みました。そのときは工作舎がどんな出版社なのか知らずに、単純にアインシュタインとかプリンストン高等学術研究所に関心があっただけですが。
——コンプリート収集計画を立てている『遊』はどうですか?
荒俣宏さんや松岡正剛さんを読んで、そこから昔『遊』という雑誌をやっていたと知り、ちょっとずつ買いそろえていきました。20歳頃からです。『平行植物』『全宇宙誌』『二十世紀精神』も持っています。工作舎の中でもどちらかというと70年代80年代くらいの、ちょっと科学寄り、もしくは科学に触れつつも、もっと横断的な、科学からこぼれたようなところが好きです。私にとってそこが出発点であり、工作舎を好きになった核でもあるんです。
——やはり科学的ですね。
『遊』の場合、科学が研究一筋ではなく、いろいろなキーワードが結びついて、隅から隅まで面白かったんです。縦横無尽に語るというのが、私がまさに『遊』に感じていた魅力。テーマ的なものもありますけど、初期の工作舎の本には対談が収録されていますよね。対談というよりもいろいろな人がその場に居合わせて発言する面白さ、飛躍の面白さを覚えました。
——70年代の雑誌『遊』では、由里葉さんの時代とはだいぶ違うと思いますが。
79年生まれなので刊行後20年くらい経って読んでいるんですが、同時代に体験したかったくらいです。個人的に60年代70年代の知の在り方にかなり興味があります。まだ教養が生きていた時代の、知の巨人に惹かれます。もっと前の時代ですが、南方熊楠はアカデミズムの外で、大英博物館で論文を書きました。そういう人たちは、若くて何も知らなかったころ書斎だけじゃなくて行動していたんです。私自身もそうありたい。
——ご自分にとって本はどんな存在ですか?
10代の頃、本は私にとって孤独を慰めてくれる友人であり、また世界のさまざまなことを教えてくれる師匠でもありました。今は大学院の博士課程で研究をしていますが、高校を中退し通信制の大学で勉強したりと随分学校関係では挫折し、学校の外で本を片手に独学する期間が長く続きました。さらに今は、本は人と人との出会いを媒介する存在でもあると考えています。例えば私が住んでいる根津で開催されている一箱古本市(*4)。これはまさに本と人との出会いのイベントです。
——今、本、そして紙媒体は揺れ動いている状況です。ネットでも読めてしまうし、電子ブックもあります、それはどう思われますか?
テクストを読むのはwebでもできますけれど、本は中に書いてある知識だけではなく、形であったり、手触りであったりします。だからこそ、どこの出版社で、どのような装幀で、どういうつくりになっているのかが、記憶の中からいつも生々しく甦ってくるのです。本という形態には、電子テキストでは味わえない物質感があります。それこそが本の持つ魅力ではないでしょうか。