■古書だって置きたい本は置きたい
あの青山ブックセンター(ABC)六本木店で人文書・アート全般を担っていた北澤孝裕さんが店を辞め、古書店を立ち上げた。店の名は「smokebooks」。店舗を構えたわけではない。webサイトはあるが、ネット古書店というわけでもない。選んだのは移動販売、しかもレトロな雰囲気の中古トラックだった。
「車はホンダのTN7という車種で、1977年製、自分とほぼ同い年なんです。ああいうデザインが好きなんですね」。
幌も昔トラックで使用されたという帆布7号にこだわった。今のものと違い耐久性は劣るし、撥水加工もされていないから、日焼けや水で縮んでしまう。「でも、それが全部悪いわけじゃないですよ。堀江敏幸さんの『もののはずみ』(*1) にあるような、少し時間が経っている日用品が自分に馴染むんですよね」。本もそうだ。時間が経って色あせた古書に愛着を感じるという。
しかし、それ以上に古書を扱う動機は書店時代にあった。
「発注すると絶版品切れだったなんてことがしょっちゅうでした。なぜ古書を置けないんだろうって、ジレンマがありましたね。少し前のヒット作なら、古書店に行けば必ず手に入る本もあるんです。置きたい!と正直思っていましたね」。リサイクルなんて観点じゃなく、欲しい人は欲しい。だったらいっしょに置いたらいい。そうした棚を作りたいという想いが第一だ。
そもそも自分で店を持つという夢はABCに入る前から持っていた。書店で働くうちに、扱いたい商品が本に絞られ、個人の自由がきく古書へ、資本力が要る店舗よりも移動販売へと、自分でできることを突き詰めていった。
■作る人から仕入れ、欲しい人に売る
トラックでの古書販売とくれば松浦弥太郎さんのcowbooks(*2)が有名だが、意識したのだろうか。
「移動販売なら本屋をできるんじゃないかと固まってきたときに、松浦さんがはじめたと知って、わぁやられた、と思いましたね。でも、松浦さんのは都会的スタイリッシュでしょう。僕のはもっと日常的な感じ」と見せてくれたのは1枚のDVD。『ロッカーズ』(*3)というジャマイカ映画だった。
「レコードをバイクで配達して売るんです。そのラフな感じがいいなと思って。レコードをプレスしている工場やアーティストからレコードを仕入れて、街でこの音楽が好きなヤツに売る。モノを売る基本ってこういうことなんじゃないかって思ったんです。作っている人から欲しい人に渡すっていうのが」。
本を渡すまでの過程がもっとシンプルであっていいと思った。新刊も出版社に直接出向いて仕入れ、お客さまに売って届けに行くまで、自分の手で行いたい。ご用聞きの拠点には、NYの街角にあるような新聞スタンド的な店も考え、それがトラックだった。ご要望があればどこにでも行きますよ、といったイメージだ。
「自分がいることで人が集まって来て、そこで知らない人同士の交流が生まれたりするのが理想です。大きなことを言っているみたいでいやなんですけど」と、慎重に言葉を選ぶ。
■お客さまがもう1冊何を買うのか
棚作りの基本はABC時代に培った。新しい発見や偶然の出会いを意識した棚作りだ。
「お客さまがもう1冊何を買うのかに興味がありました。この本とあの本は関連がある、と発見があるんです。知らない本ならば自分で調べると、つながりが見えてくるんです」。
Aの棚で仕事をしていると、お客さまから「Bの本ないの?」とそこにはない本の問い合わせを受けることが多かった。そんなときAとBは関連する、いっしょに置いてみようと思い立つ。
「例えば、深沢七郎の『楢山節考』は、音楽家が買われることが多いんです。どうしてかと調べてみると、楢山節の楽譜や詞が入っているから。音楽の詞のコーナーに置いてみるのも面白いと思いました」。偶然の出会いは、偶然が生まれる程度に仕掛けるのが醍醐味だ。
歴史がある店や売り上げのいい店はお客さまが作っている。お客さまに合わせて棚を提案していく。やりすぎてもいけない。棚を媒介にして、お客さまと間接的な対話をしていたようなものだ。
「自分は恵まれていたと思います。オープンしたばかりのランダムウォーク赤坂店(*4)にいたことがありますが、六本木で30冊売るとき、赤坂で売れたのは3冊でした。でも赤坂の3冊は自分の意思がないと生まれなかったもの」。お客さまの断片的な反応に対して、自分で考えて置き直してを繰り返した。これが力になったという。反応の薄い店では本を見る力がないと、売り上げは上がらない。
店に応じ、お客さまに応じて棚作りは変わる。「棚作りって、デザインや編集に近いのかな」。
■本に興味がない人を振り向かせるために
「僕はオブジェとしての本は『あり』だと思っているんです。それが本を読むきっかけになれば、出会うきっかけは何でもいいと思います」。
最近ブックディレクターの幅允孝さん(*5)らの活躍で、書店外で本を展開する動きが話題となっている。東京六本木・国立新美術館の「スーベニア フロム トーキョー」(*6)のように、グッズと本が対等に置かれる陳列に、本を《飾り》として扱っているという批判もある。そんな中、北澤さんはあえて自らの考えを口にした。
「書店で働いていると、本に興味がある人ばかりだと思ってしまう。でもそんなことはないんです。移動販売では、石焼きイモ屋や古道具屋など、異業種が集まる物販のイベントに参加するんですが、ほとんどのお客さまは本に興味がありません。でも古いカメラが好きだからと、カメラ雑誌を手に取ったり、古道具が好きな人がそうした本に惹かれて寄ってきたり。どんな手段であれ、本を手に取ってもらえればいい」。
これだけ本があふれているのだから、本を読むためには何らかの基準で選ばざるをえない。その選ぶ基準に「雰囲気」や「外見」があってもいい、というのが北澤さんの信条だ。本の外側に漂う雰囲気や気配は、内容の現われでもあるのだから。
■ネット販売は本棚を動かしていくようなもどかしさ
smokebooksを始めるにあたって必要なのは、そこでしか得られない《個性》だと考え、トラックの雰囲気にこだわった。「これで自分の色が出せたって思いました。こういうことをやりたいんです、って説明する必要もなく、車の雰囲気、本のラインナップを観てもらえさえすればよかった。それを意識して棚も作りました」。
すべては順調に進んでいったが、人生は思い通りにならないもの。事故を起こしたのだ。愛車を修理に出し、移動販売は休業中だ。この間を利用してネットでの書店機能を強化している。
「ネットでは同じようにはいかないですね」。本の紹介ひとつでも実際本がある場合と、画面上で中が見えない本を紹介するのでは書き方を変えないといけない。「店頭のPOPに説明は要らないと思っています。気になることを書くんです。説明なら中を見ればいいのだから。でも、ネットではどういう本かを説明しなければ始まらない」。
得意としていた本の並べ方で新しい発見を生み出すことも難しい。
「現物の本を棚に並べることと、画面をスクロールするのでは全く違う。まして詳細な内容はクリックして奥へ奥へナビゲートしますが、それって本棚を動かしていくようなもの。見渡せるってすごく重要だと感じています」。
現物を扱う良さを痛感し、移動販売の再開が待たれる。それまではネットを軌道に乗せること、アクセス数を増やすことが課題となっている。
北澤さんの挑戦は、今、始まったばかりだ。
註:
*1 堀江敏幸著『もののはずみ』…スライド映写機、パタパタ時計、鉛の玩具など、パリの古道具屋で出会ったちょっと昔のモノをめぐるエッセイ。決して高価な骨董品ではなく、日用品に対する愛情。角川文庫刊。
*2 松浦弥太郎・cowbooks…まつうら・やたろう、カウブックス代表。2007年より「暮らしの手帖』編集長。1992年、予約制書店「m&co. booksellers」を立ち上げ、2000年よりトラックの移動書店「m&co.traveling booksellers」を始める。2002年に中目黒に「cowbooks」オープン。トラックの移動書店は「traveling cowbooks」に引継がれている。いずれも海外の古書店で仕入れた、センスの良い洋雑誌を中心とした品揃えに定評がある。cowbooks
*3 『ロッカーズ』…1978年のジャマイカ映画。ドラマー、リロイ・ホースマウス・ウォレスは、音楽だけでは生活できないため、中古のオートバイでレコードの行商を始めることにした。しかしオートバイが盗まれて…。多くのレゲエ・ミュージシャンが実名出演するレゲエムービー。
*4 ランダムウォーク赤坂店…2004年ABC(親会社ボード)倒産後、洋販が支援に乗り出し、その傘下となった。そのときには洋販には洋書販売を中心としたランダムウォーク、流水書房があったため、3書店はグループ会社となり、人員も行き来するようになった。2007年の洋販の経営破綻(ABC第2の倒産)-ブックオフの支援後、ランダムウォーク店舗は次々と閉店となり、今はない。赤坂店は2003年開店、2007年閉店。
*5 幅 允孝…はば・よしたか。ブックディレクター。ABC六本木店を経て、石川次郎氏のもとで編集を学ぶ。その際、六本木TSUTAYAの選書を任され一躍話題に。その後独立し、BACHを主宰。2008年10月放映のテレビ番組「情熱大陸」で人気を決定的にした。BACH
*6 スーベニア フロム トーキョー…国立新美術館のミュージアムショップ。佐藤可士和氏の空間デザイン、幅允孝氏による品揃えで東京の今を伝える。国立新美術館
2009.9.1 文 岩下祐子 (取材 2009.6.28)
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