工作舎40周年ベスト40+10 本は暗い玩具(オブジェ)である
1-思考をリセットする匣
時代を画した著者の思想は、いつでも新たな発見がある。工作舎のロングセラー。「思考をリセットする匣」の中身をもっと知っていただきたいので、 工作舎スタッフの会話でご案内してみたいと思います。
タオ自然学 |
スタッフA:この「思考をリセットする匣」って工作舎の代表作ばかりなんですよね。まず『タオ自然学』からいきましょうか。 スタッフB:1979年の刊行ですが、今も売上げ上位をキープしてるんですよ。名実ともに工作舎を代表するロングセラーです。 A:2008年のマイクロソフト元社長、成毛眞さんの『本は10冊同時に読め!』に紹介されてさらに売れ行きが伸びました。ビジネス書のベストセラーの影響はすごいと感じましたね。 B:それだけでもないと思いますよ、現代に通じる思想ですから。サブタイトルの「現代物理学の先端から東洋の世紀がはじまる」、つまり西洋文明の申し子である科学が、東洋の叡智に教えを乞うってことで小気味良い。 | |
身体化された心 |
A:比較的新しい本では『身体化された心』もそうですよね。著者のヴァレラは、オートポイエーシス理論の創設者のひとり。そのヴァレラが認知科学の限界を指摘して、仏教との融合を提唱した。ヴァレラは本格的にチベット仏教を学んでいたそうです。 B:西垣通さんが機会あるごとに紹介してくれましたね。最近では「現代思想2011年7月臨時増刊号 総特集=震災以後を生きるための50冊」で『知恵の樹』を哲学者の田口茂さんが推薦した際にも『身体化された心』に触れています。この本が売れ続けるのは、認知科学だけでなくオートポイエーシス理論の隆盛も影響しているでしょう。 | |
自己組織化する宇宙 |
A:それでいえば、『自己組織化する宇宙』もはずせない重要書。オートポイエーシス理論の日本の第一人者、河本英夫さんが、生命システムの第一世代に動的平衡、第二世代に自己組織化、第三世代としてオートポイエーシスと位置づけて理論構築されたことでも知られています。 B:むしろこの本は、オートポイエーシスをはじめ、プリゴジーヌ(プリゴジン)の散逸構造、ウォディントンの進化的倫理、ベイトソンの精神の生態学、ドゥルーズ=ガダリのリゾームなどを統合した創発的システム論として登場しました。タイトルに「宇宙」ってつくせいか、たまに書店で天文学の棚にあったりするんですよね。たしかに宇宙創成からはじまりますが、生命の誕生、社会文化進化までと守備範囲が広い大著。覚悟して読んでほしい本です。 | |
精神と物質 |
A:東洋思想への傾斜という方向では、『精神と物質』もあてはまるんじゃないですか。量子力学の泰斗シュレーディンガー晩年の講演録です。ショーペンハウアー哲学を通じてインド哲学(ヴェーダンタ)を学び、精神について独自の思索を深めていました。その成果でしょう。 B:訳者あとがきによるとシュレーディンガーの探究対象は物質、生命、自我だったとか。2番目の生命に関する論考では、『生命とは何か』が有名。これは『精神と物質』以前の講演録ですが、遺伝子を分子の集合体とみて分子生物学の道を開きましたものね。天才は専門分野外に手を出しても、結果を残す。 | |
素粒子の宴 |
A:シュレーディンガーはノーベル物理学賞受賞者で、そのつながりでいえば『素粒子の宴』。2008年受賞の南部陽一郎さんと2004年受賞のポリツァーさんの、なんと30年前の対話。当然品切れだったのですが、南部さんの受賞に問い合わせが殺到したため急遽新装復刊しました。 B:若手のポリツァーさんがベテラン学者の南部さんに質問する形です。対談の気楽さゆえに人となりもうかがえ、名言がたくさんあるんです。対談の途中では、当時の編集長、松岡正剛さんも入ってくるし。 | |
自然学曼陀羅 |
A:松岡さんの名前が出てきたら、やはり『自然学曼陀羅』を出さなくては。この本は1979年刊行の松岡さんの処女作だからか、今の『17歳のための世界と日本の見方』などで知った新しいファンは、難解さにとまどうでしょうね。 B:この本も東洋思想と科学をつなぎ、かつ松岡さんならではの詩情を重ねた試みでした。ちなみに現在は80年代の新装版で、表紙のオブジェはアーティスト小林健二さんの澁澤龍彦追悼作品「悲しきラヂオ」。美しい。 | |
廃棄の文化誌 |
B:20世紀が誇る天才の本には、建築畑からは『廃棄の文化誌』があります。都市計画の大家ケヴィン・リンチの遺作で、刊行後しばらくして品切となり、2008年に新装復刊したんです。 A:廃棄物を再利用するという思想は3.11を経た今こそ必要とされています。朝日新聞「ニッポン前へ」提言論文・最優秀賞の佐藤俊郎氏「東日本復興計画私案」も言及して、ますます注目されるようになりました。 | |
ライプニッツ術 |
A:時代を画した天才といえば、工作舎ではライプニッツを挙げなくては。著作集や伝記『ライプニッツの普遍計画』もありますが、ベスト40では『ライプニッツ術』ですね。入門書として刊行しました。 B:微積分法を創始した数学者であり、普遍学を提唱した哲学者であり、外交官であり…と多岐にわたる業績をあげた天才です。著者の佐々木能章さんは著作集の6巻『弁神論』上・7巻『同・下』の個人訳、8巻「前期哲学」、9巻「後期哲学」も共訳した方ですが、その佐々木さんが「ライプニッツはつかみきれない」という言葉からはじまるんですから。 A:ではこの本はライプニッツをつかむための解説指南ですね、佐々木さんはその後『ライプニッツを学ぶ人のために』という平易な入門書を上梓されましたから。蛇足ですがページにわずかなアミがかかっているんですね。モナドを表しているのかなと深読みしているのですが。 | |
テスラ |
B:『テスラ』はノーベル賞候補にあげられながら受賞を逃した人ですね。なんでもエジソンとの共同受賞をお互いに嫌ったからとか。 A:テスラは今でこそ電気の単位に名を残す偉大な人物なのに、晩年には金も名誉もなかったそうだ。この本を読むとマッドサイエンティストというイメージも払拭できますね。 B: 殺人光線に人工地震兵器のことですか。日本ではそういう目で見られている中、客観的で評判の高いチェニー本を訳出できたのは幸運でした。 | |
無限の天才 |
A:『無限の天才』も日本で無名に近い天才の伝記ですね。インドの数学者ラマヌジャンも日本では一般には知られていませんでした。 B:そこで森毅さんの推薦帯が効いたんです。刊行されると秋山仁さんなど名だたる数学者が書評を書いてくださって、藤原正彦さんに至っては、『心は孤独な数学者』で3人の数学者のうちにラマヌジャンを採り上げて、さらにテレビでも紹介してくださる。一時期品切にもなりましたが、藤原さんの啓蒙のおかげでやっと復刊できたんです。 A:最近では『数式に憑かれたインドの数学者』が話題になりましたが、賛否両論が分かれる歴史小説だそうですよ。 B:ネット・レビューに「5500円もの投資に後悔なし」と書いてくださった方がいて、ありがたかったですね。 A:こうして「思考をリセットする匣」に収めた本をみると、復刊した本が多いですね。 B:それだけ品切れのままにしてはいけない、読者に望まれている本ということでしょう。今、従来にない発想の転換が必要とされます。この函の中の1冊、あるいは複数冊の思想から何らかのヒントが得られるかもしれません。 | |