●月島を歩く〜『月島物語ふたたび』の世界へ 06
海辺の町
朝潮橋の上に立って水母(くらげ)を見ている。
夕暮時の橋に佇んでいる人は誰もいない。対岸の晴海団地へ向かう勤め人がときおり忙しげに傍を通りすぎるだけだ。つい今しがたまで疳高い声を出して路上で遊んでいた子供たちもすでに家に戻ってしまった。そしてわたしは風呂あがりにタオルと石鹸を洗面器に忍ばせながら、ふと気紛れをおこして運河のところまで廻り道をし、欄干に身を預けながら静まりかえった昏い水を眺めている。
水母は水の表にふんわりと浮いている。進みもせず、退きもせず、まるで誰かが巫山戯(ふざけ)て落とした夕顔の花のように、藍色の水を背景に白く優雅な姿態を見せている。水は動かない。隅田川と東京湾の間にあって海綿の断面のように細かく分岐する潮流はいくつもの水門を通じて調整されていて、ここ朝潮運河ではほとんど停滞しているかのようだ。もうすぐ日が没しようとする埋立地には風もなく、黒い土砂の岸辺にうち寄せる波の姿もない。
(『月島物語ふたたび』第一八回 路地に佇むより)
■朝潮橋の上から夕陽を眺めています。遠くに霞んで見えるは芝浦ふ頭の倉庫やコンテナ。湾から内陸へ、内陸から湾へと、鳴きながら頭上を飛んでいく海鳥を見て、あぁ、ここは海辺なのだとはじめて実感します。日が暮れるにつれて、家路を急ぐ人の往来も多くなります。橋の袂にあるベンチでおしゃべりに耽っていたおばちゃん達も、いつの間にか帰ってしまったようです。(編集部)