第18回
ローレンス・M・プリンチーペ
『錬金術の秘密 再現実験と歴史学から解きあかされる「高貴なる技」』
ヒロ・ヒライ=訳◉勁草書房BH叢書・2018年・344頁
錬金術は頭と手を駆使する営みであり、理論と実践の密接な相互作用からなりたつ。この伝統を研究する学者にとっても、理論だけでは解明できないことが多く、実践だけに焦点をあてても見通しは獲得しにくい。理論と実践の双方に深い理解をもつことが重要であり、歴史と科学の両分野に秀でている著者の異才は、まさに錬金術史の研究には最適だろう。
本書の第一章では、西洋における錬金術の起源をあつかう。紀元後300年ごろにギリシア文化が支配的なエジプトに焦点をあて、「高貴なる技」の核となるクリソペアが依拠する考えや実践が説明される。第二章では、エジプトで生まれた「ケメイア」のアラビア語圏での受容と展開をあつかう。有名なジャービル問題に焦点をあて、ジャービルに帰される著作群から文字どおりに第五精髄を抽出している。第三章では、「アル・キミア」の中世ヨーロッパにおける変容をあつかう。ジャービル問題のヨーロッパ版であるゲベル問題を解説し、この仮面に隠された人物の理論と実践における鍵をおさえる。18世紀から現代までの錬金術の「再解釈」をあつかう第四章は、現代に流布するさまざまな誤解の原因をひも解いてくれる。錬金術は神秘主義だという大きな誤信をその根本から正している。
本書の核心にあたる第五章から第七章は、黄金期である初期近代の「キミア」をあつかう。第五章では、混乱にみちている賢者の石と金属変成をめぐる多様な考えを手際よく解説する。これは他所では見出せない、第一人者による貴重な分析だ。つづくパラケルスス主義と「ケミアトリア」についての考察も、非常に有益なものとなっている。著者の原点そのものでもある第六章では、初期近代のキミアに典型的な高度に暗号化されたテクストを分析し、そこに隠されている実際の化学操作や物質の反応を、探偵のように解読している。最後に第七章では、初期近代のキミアがどのように当時の知の枠組みや宗教と関係し、芸術や文学などに影響をあたえたのかを描きだし、初期近代の知識人たちの世界観・宗教観をキミアという例をもちいて解釈する。驚くことに筆者の分析は、神意が眼にみえないかたちで日常的に遍在すると信じていた初期近代の人々の心性にまでおよぶ。ルネサンス・バロックの文化に興味をもつ人間すべてにとって非常に刺激的な議論となっている。
(ヒロ・ヒライ)
[目次より]
プロローグ――錬金術とはなにか
第一章 ギリシア・エジプトの「ケメイア」
第二章 アラビアの「アル・キミア」
第三章 中世ヨーロッパの「アルケミア」
第四章 再定義、再生、そして再解釈
第五章 初期近代における「キミア」の実践
第六章 秘密のヴェールを剥ぐ
第七章 キミアの広大な世界
エピローグ
ウァレンティヌス《第二の鍵》
[執筆者プロフィール]
ヒロ・ヒライ :ルネサンス思想史。学術ウェブサイトbibliotheca hermetica(略称BH)を主宰。フランス・リール第三大学にて博士号(哲学・科学史)取得。博士論文にて2001年、国際科学史アカデミー新人賞受賞。その後、欧米各国の重要な研究機関における研究員を歴任。2012年に第9回日本学術振興会賞受賞。
勁草書房「BH叢書」シリーズ監修者であり、その最新刊がプリンチーペ『錬金術の秘密』。現在アメリカ在住。
◉占星術、錬金術、魔術が興隆し、近代科学・哲学が胎動したルネサンス・バロック時代。その知のコスモスを紹介する『ルネサンス・バロックのブックガイド(仮)』の刊行に先立ち、一部を連載にて紹介します。