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ライプニッツ通信II

第13回 歴史へのまなざし

1979年のノーベル物理学賞受賞者スティーヴン・ワインバーグ『科学の発見』(文藝春秋)がアマゾンの科学史・科学者のベストセラー一位にランキングされ(6月24日)、話題を集めています。表紙がフェルメールの「天文学者」なので、当然ライプニッツにも言及されていると思い、チェックしたところ、ライプニッツは「自然科学には何ら重要な貢献はしていない」とあって、眼が点になりました。

気を鎮めて読み返すと、ニュートンとは独立になされたライプニッツの微積分発見も認めていますし、「偉大な数学者ではある」とも書いています。それでもライプニッツの微積分記号が古典力学の強力なツールとなったこと、動力学や時空論、システム論的発想、論理計算などによる自然科学への貢献を等閑視するのは、あまりにご無体というほかありません。

現代科学のリーダーが歴史に関心をもち、独自の解釈をするのは自由ですし大歓迎ですが、「ノーベル賞」の看板の影響力が大きいだけに、事実確認は慎重にしてほしいと思います。

たしかにライプニッツは、ニュートンの『プリンキピア』のような物理学史上の金字塔をうちたてはしませんでした。パリ王立諸学アカデミーやイングランドの王立協会にアピールして、科学に専心できる環境を確保しようとしたものの果たせず、生涯ハノーファーの宮廷顧問官、図書館司書として公務にたずさわり、数学や自然学関係の論考は断続的に執筆せざるをえませんでした。それでもいかなる運命も受入れ、ポジティブな面を見出して独自の道をひらき、大小さまざまな実りをもたらすのがライプニッツの真骨頂。第2巻『法学・神学・歴史学』は、その精華です。

第1部「法学」には、ベースとなる自然法論から、トップリーダー学、ユートピア論、正義論、恒久平和論など、今日の私たちにもヒントとなる論考が並びます。

J・ロールズやM・サンデルに先立つ正義論として注目される論考「正義の共通概念についての省察」(佐々木能章訳)には、「際限なき生命」への畏敬の念が示され、すでに建設が進んでいる天文観測所よりも、顕微鏡にたずさわる研究者をふやすことが公共善をますことにつながると記されています。

パリ滞在中のライプニッツは、A・ファン・レーウェンフックの顕微鏡が明らかにしたミクロコスモスの多様性に衝撃をうけ、1676年、ハノーファーへの帰途デルフトに立ち寄って、レーウェンフックに会っています。レーウェンフックはフェルメールと同い年、フェルメールの遺産管財人となったことでも知られ、「天文学者」や「地理学者」のモデルとも言われている人物です。レーウェンフックが探究しているミクロコスモスの研究者は当時まだ数えるほどで呼び名もなく、あまりに先進的すぎたので画題とはならなかったのでしょう。

第2部「神学」には、新旧教会再合同を模索したボシュエとの往復書簡を軸に、最初期から最晩年にいたる宗教的省察を収載。最初期の「哲学者の告白」(清水洋貴・長綱啓典訳)は、マインツ選帝侯の公使としてパリに行ってまもなく書下ろした作品。Y・ベラヴァルによって「第一の弁神論」とよばれた佳品であり、最先端の数学をマスターすべく数学研究に集中しながらも(3年後には微積分を発見)、なお対話篇としてまとめずにはいられなかった宗教的問いでした。W・ゴールディング『蠅の王』やG・I・グルジエフ『ベルゼバブの孫への話』でもおなじみのベールゼブブも登場します。

第3部「歴史学」には、自然史と人文史を統合した普遍史の重要性を主張した論考など4篇を収載。『国際法史料集成序文』(酒井潔訳)は、史実を明らかにしようとする歴史家ライプニッツの面目躍如の力作。11世紀末〜15世紀末までの国際法にかかわる条約文や証書、遺言、書簡などを編纂した史料集に付した序文です。フリードリヒやアルフォンソなど、同名の人物が錯綜する歴史の腑分け師としても資質をそなえていたことを証します。

ワインバーグはアラビア科学にもふれていますし、共にノーベル賞を受賞したイスラム教徒のA・サラムへの言及には心を打つものがありました。アラビア科学と言えば、この3月に『フィボナッチ : アラビア数学から西洋中世数学へ』(現代数学社)も刊行されました。著者は第I期第2・3巻『数学論・数学』の訳者のひとり三浦伸夫氏。ヒマワリや最近スーパーにも並ぶようになったロマネスコに見られる「フィボナッチ数列」に名を残し、『算板の書』でゼロをはじめインド・アラビア数字による位取りを西洋にひろめたピサのレオナルドについて、当時のキリスト教文化とイスラム文化が交流したようすとともに紹介しています。『国際法史料集成序文』にも頻出する神聖ローマ皇帝フリードリヒ二世を、ギリシア語やアラビア語の古典のラテン語訳を促進したシチリア王・フェデリーコ二世としてクローズアップ。アラビア科学に接してはじめて、西洋中世の数学はいちだんと前進したことを活写します。

ライプニッツは、数学や論理学の「理性の真理(必然的真理)」とともに、自然史・生命史をふくむ歴史などの「事実の真理(偶然的真理)」を重視しており、私たち自身について知ろうとすれば、双方の砥石で磨く必要があると考えました。

歴史へのまなざしは、多種多様な先人たちから受けた恩恵に敏感になるように透徹させたいものです (十川治江)。



J・フェルメール「天文学者」
J・フェルメール「天文学者」






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