第16回 今野諒子氏による国際ライプニッツ会議報告
第10回国際ライプニッツ会議全体の概要および日本セクションについては長綱啓典氏が前回報告されたので、今回は参加者としての視点から、同世代の若手研究者の動向、そして次期大会への展望についてご報告いたします。
はじめに、筆者の国際ライプニッツ会議との関わりについて、略述します。ドイツ・ハノーファーにて開催された第9回大会のさい(2011年9月26日〜10月1日)には、それに先立つ「博士論文執筆者のための国際セミナー」(9月21〜25日)に、日本ライプニッツ協会の根無一信氏とともに参加しました。アメリカ・アトランタのウルズラ・ゴールデンバウム教授、ベルギー・ブリュッセル(当時はドイツ・ハノーファー)のアルノー・ペルティエ教授の指導のもと、計15名の参加者が発表と討論を行いました。そこで知り合った仲間とは、その後も折にふれ、交流を重ねてきました。そうした経緯から、第10回大会では、本大会で研究発表を行うことに加え、5年前に出会った仲間と再会することも大きな目的でした。
残念ながら、全員との再会はかないませんでしたが、5名の仲間と再会し、研究の進展、そしてこの5年間での各自の成長についての報告を聞くことができました。各人の発表題目は以下のとおりです。
エドワード・グロウィエンカ(アメリカ・モンタナ州ヘレナ):
「君主としての神:自然進学と自然法の関係について」(God as Monarch: On the Relationship between Natural Theology and Natural Law)
ツーチエン・チョー(イタリア・ミラノ):
「マルクスの数学手稿(1881)におけるライプニッツの無限小について」(Leibniz’s Infinitesimals in Marx’s Mathematical Manuscripts of 1881)
「ライプニッツ力学における弾性と連続性について」(Elasticity and Continuity in Leibniz’s Dynamics)
セリ・ヒラタ(ブラジル・サンパウロ):
「普遍法学:ホッブズの正義概念に対抗するライプニッツ」(Universal Jurisprudence: Leibniz Against the Hobbesian Concept of Justice)
ラウラ・ヘレーラ(スペイン・グラナダ/ドイツ・ハノーファー):
「表現、関数、シンボル。ライプニッツの表現概念とカッシーラーによる受容について」(Ausdruck, Funktion, Symbol. G. W. Leibniz’Expressionsbegriff und seine Rezeption bei E. Cassirer)
アルノー・ララン(フランス・ペサック):
「ライプニッツとフランスのジャンセニストらとの往復書簡について」(La correspondance de Leibniz avec le milieu janséniste français)
今野諒子(フランス・パリ):
「初期ライプニッツの著作(1667-1672)における科学的論証について」(The Problem of Scientific Demonstration in Early Writings of Leibniz (1667-1672))
紙幅の関係上、各々の議論の詳細を紹介することはできませんが、第10回大会で初の試みとして設けられた「ライプニッツに関する優れた博士論文へのVGH賞」を、上記ラウラ・ヘレーラ氏とアルノー・ララン氏を含む3名が受賞したことは、喜ばしいニュースとして追記したいと思います(※VGH社はハノーファーに本社を構える保険会社です)。もう1名の受賞者は、アルゼンチン・ブエノスアイレスとフランス・パリを拠点に活躍するマリア・グリセルダ・ガイアダ氏ですが、イベロ・アメリカ圏から2名の受賞者が輩出されたことからも窺い知れますように、最近のライプニッツ研究において、特にスペイン語圏の研究の豊かさと、その勢いは目を見張るものがあります。
5年前に出会った仲間、その後、別の機会を通じて出会った仲間の活躍から得た研究上の刺激は言うまでもありませんが、さまざまな文化的背景をもつ研究者らが、善意に基づくコミュニケーションを重ねる場から享受する大きな喜びもまた、国際ライプニッツ会議の特徴の一つと言えるかもしれません。このような、ライプニッツ研究者らの集いを総括するものとして、ドイツ・ベルリンのハンス・ポーザー教授の閉会のスピーチから印象的だった点をご紹介し、本報告を終えたいと思います。
ドイツの東西分割時代のアカデミー版著作集の編集にさいしての思い出を語られた後、ポーザー教授は、次期大会(2021年9月9日開会予定)に向け、二つの大きな提言をされました。第一に、「熟考、反省」を科学と人文科学の両方について深めるべきであること。第二に、平和への提言を行うこと。国際ライプニッツ会議を通じて、「何かを言えるように」との強い願いの込められたスピーチでした。
科学・人文科学の諸学問の熟考、平和についての学際的探求。次期大会までには、アカデミー版著作集の刊行も進み、数学者・自然科学者・哲学者・歴史学者・法学者等の顔を持つライプニッツの思想が更に多角的に検討されることが期待されます。現実に即し、平和への提言を行うという点は、プラグマティストとしての顔を持つライプニッツの思想を研究する者への大きな課題として残されました。
奇しくも、第10回大会の約一月前には、イギリスにてEU離脱を決める国民投票が行われ、ヨーロッパという枠組みに対し疑義が投げかけられました。ライプニッツを軸にした知を共有するために、世界中から研究者らが集う希有な機会がある一方で、その知が育まれて来たヨーロッパの共同体としての在り方が再定義されようとしています。「われわれの幸福のために。そしてまた他者の幸福のために (ad felicitatem nostram alienamve)」という第10回大会のテーマは、次期大会までの今後五年間にライプニッツ研究者一人一人に与えられたテーマであると言えるでしょう。
閉会スピーチで「熟考、反省」を強調されるハンス・ポーザー教授
本通信第7回で、2015年11月のパリ同時テロ事件直後の現地報告をしてくださった今野諒子氏は、日本ライプニッツ協会の将来をになうキイパーソンのお一人。第2巻では、第10回大会テーマとも重なる論考『新アプローチ──諸学問の完成と人間の幸福のための歴史学』を訳されています。第2巻は9月末刊行予定のところ、やや遅れ、10月初頭発売となります。ご容赦ください (十川治江)。