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アルスロンガ_イメージ

第6回(最終回)アルス・ロンガ

ロスコ・チャペル

アメリカ、ヒューストンの石油王ジョン・デ・メニルと妻ドミニクは1964年、あらゆる宗教の対話や祈りのためのチャペルを建てることを計画した。ロシア・ユダヤ系アメリカ人画家マーク・ロスコ(1903〜70)は、その趣旨に共鳴して壁面を飾る絵画制作をひきうけ、晩年その仕事に没頭した。

このチャペルはヒューストンのメニル夫妻の自宅と彼らが創設した美術館の近くに建てられ、1971年2月25日、様々な宗教の代表者を招いて献堂された。それ以来、宗教的あるいは文化的なイヴェント、祈禱、ミサ、コロキウム、コンサートなどに使われている。八角形プランのこの建築には窓がなく、天井から採光するようになっている。祭壇はなく、ロスコの14点の大型カンヴァス画が壁面を飾っている。それは3点のトリプティックと、5点の独立した絵画からなる。チャペルに射す光が太陽の動きや天気などによって変化すると、絵画もそれに従って表情を変えていく。そして、絵画を通して感じとられる精神的内容にも、微妙なニュアンスの違いが現れる。

この建築は、神秘的な色彩空間として、世俗的な日常から隔離された別世界を包含している。そればかりか、聖地としての尊厳をもっている。ロスコ・チャペルの瞑想空間を、ドイツ・ロマン主義の著述家ヴィルヘルム・ハインリヒ・ヴァッケンローダー(1773〜98)が夢みた「理想の美術館」すなわち静かで沈黙した謙虚さの中で、心をときめかせる孤独の中で偉大な美術家とその作品を崇める神殿の後継者と見なすことは適切である。

ロスコは絵画そのものばかりでなく、その配置についても深慮した。チャペルの設計は最初、建築家フィリップ・ジョンソンが請け負った。しかし、ジョンソンは、ロスコの採光についての主張に妥協することができず、降板してしまう。ジョンソンの後をひきついだ建築家ハワード・バーンストーンとユージーン・オーブリーは、ロスコのニューヨークのアトリエを何度も訪れ、打ちあわせしながら仕事を進めた。ロスコはそこで、チャペルの光の効果をシミュレートしながら絵画を制作していた。


ロスコ・チャペル
ロスコ・チャペル
ヒューストン

ロスコは晩年、絵画の精神的側面をますます重視するようになり、自分の絵画が人間の根源的感情を表現し、観者がそれを宗教的経験のように感じとることを望んだ。そして、次のように述べている。

「私は基本的な人間感情―悲劇、陶酔、破滅など―を表現することにだけ関心がある。私の絵と向きあったとき、多くの人たちがこらえきれずに泣きだすという事実は、私がこうした基本的な人間感情に通じていることを示している。私の絵の前で涙を流す人は、私がそれを描いたときにもったと同じ宗教体験をしているのだ」。

こうした絵画の精神性の強調が頂点に達するのがロスコ・チャペルの絵画である。批評家ダニエル・ウィーラーによると、ロスコは、あらゆる主題を超越した色面としての自分の絵画を「想像の中で、汚濁に満ちた現世を脱出し、時間のない浄化された王国と絶対に進入するための門ないし扉」と考えることを好んだ。このチャペルの絵画はまさにそうした印象を与える。

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