■幅2メートルの細長い書店
華やかな銀座と、オフィスビルが建ち並ぶ京橋のはざまに、小さな書店がある。建築・デザインのセレクト書店INAXブックギャラリーだ。八重洲ブックセンター(*1)、丸善丸の内本店(*2)といった巨大書店が徒歩圏内にありながら、独自の存在を保っている。スタッフの太宰さんのお話をうかがった。
「坪数は20坪くらいでしょうか。狭いので商品をセレクトしないことには成り立たなかったんです。以前はINAXギャラリー(*3)の下にありましたが、3年前にこちらに。細長くてまっすぐな空間なので、壁際の棚に本を並べると資料室みたいで。最初は正直、どうしようと思ったくらいです」
幅2メートルの奥行きのある店内は、入り口から奥のレジまで一直線。そこで、文庫のラックを直角に2カ所置くことで、あえて死角を作った。「お客さまが店員の視線を感じずに、ゆっくり見て選んでいただいたほうがリラックスできると思って」。その間をぬってフェア台が2つ。さらにはハイチェアも平台に動員し、試行錯誤の末に今のレイアウトに落ち着いた。
■棚づくりは日々の積み重ねから
ここはその名のとおり、INAXが経営する書店。扱うジャンルは、社業に則した建築・インテリア、プロダクトを含むデザインがメイン。ただ、本は一つの分野だけで割り切れるものではない。建築にはそこに住む人の生活がある。そして生活があれば文化も生まれる。こうした周辺ジャンルの裾野を広くとることで、専門家だけでないお客さまを呼び込む。
スタッフは4人、全員が女性。そして全員、書店経験はなく、この店で一からスタートした。「毎日、本は入荷しますが、いつも同じ場所に入れるのではなく、スタッフみなと相談して合わせながら、日々作っていきます。最初は先輩の後について、見よう見まねで棚をさわり、今も本がトンチンカンな棚に並ばないように、みんなで目を光らせながら」。
「棚は日々の積み重ねが大事」という言葉に力が入る。建築家別に、作品集、文庫、さらにその建築家を特集した雑誌のバックナンバーと、関わるものはまとめて展開する。つねに何かが発見できる棚、何かを触発してくれる棚なのだが、「はじめてのお客さまには、お目当ての本が見つけづらいようです。そこは狭い店なので、なるべく声を掛けていただいて、スタッフがお探しします」
だから、この店にはコンピュータ検索は必要ない。1冊1冊、自分の頭の中に叩き込む。お客さまに聞かれてインプット。品切れになってインプット。「ここにあった本は?」という問いに即答できるように。
■返品しないという姿勢が、ロングテールを産む
本が入るということは当然、押し出され返品する本も出てくるはずだが。
「スペースを作って、返す本をなるべく少なくするようにしているんです。3冊平積みだったのを背を上にして立ててみたり、それをさらに1冊にしてみたり。とにかく全部入れるようにしています。なんとでも隙間は作れますから。ただ、そうすると棚がキチキチになって本が傷んでくるんです。それで今度は時期をみて出版社にカバーを一斉発注して、1冊1冊カバーを掛け直して出します。カバーの在庫がないという本にはビニールをかけてみたり。古本屋さんみたいですよね(笑)」
特別な流通ルートを持っているわけではない。他店が見切りをつけて返すような場合でも、建築の本だから、インテリアの本だからせめて1冊は残そうと心掛けただけ。それが期せずして、話題のロングテール(*4)となった。
「書評が出ても、うちはすぐに影響がないんです。その本について聞かれるのは、他の書店で手に入らなくなったとき。何カ月か遅れて動きます。新刊の発売日に注文部数どおりに入るのは大きい書店ですから、急いでいる方はそちらに行って、急がない方がうちにいらっしゃるのかな」と、分析する。
■店に入って来た人は、道を尋ねる人も、みなお客さま
客層は近くの京橋周辺のサラリーマン。女性客より男性客のほうがやや多い。古い本の取り寄せを頼むお客さまも少なくない。「この規模ですから、頼みやすいのでしょうか。ただ、土木関係や技法書などは置いていませんから、専門家の方には、ちょっと物足りない品揃えだと思います。それで、近くの八重洲さんや丸善さんといった大きい書店さんをご紹介します。もちろんお取り寄せも受けますが、お急ぎの方なら確実にそちらにあるとお伝えして」
他の店に誘導するのは、専門書籍だけではない。大手出版社の人気商品はなかなか入荷しないというジレンマも抱えている。「しょうがないですよね、『ください』と言っても本が入らない状況は」。その分、スタッフ総出で他店を歩いて情報を集め、お客さまに「あの書店の何階のどこにありましたよ」と、具体的にお知らせさえする。
「大袈裟ですけれど、この店に入って来た方はみなさんお客さま。よく道を聞かれるんですが、店の入り口から大声で聞く方もいらして、そのときはダーッと駆けて行ってお教えします。声が行き交うとお店の活気も出ますから、そういうコミュニケーションを大切にしています」
■スタッフの力を合わせたサービス
書店業界に逆風が吹く中、この小さな書店が、踏み止まれる理由は何だろうか? この問いに太宰さんは即答してくれた。
「人ですね。スタッフはみなこの店で一から始めていますから、余計に『力を合わせて』という考えが強いのかもしれません。専門の方からみたら、死角のようなことをやっているのかもしれないですけど、ここでしかできないことというと、人と人とのサービスに尽きるのかなと思います」
ホテルのようなホスピタリティあふれる接客が、来る人を惹きつける。「専門書店というには中途半端ですから、こういうサービスがINAXブックギャラリーの良さとして、定着していったらいいなと思うんです。それができることが、小さな書店の良さだと思います」。
そう語る太宰さんの声に迷いはなかった。
註:
*1 八重洲ブックセンター…東京駅八重洲南口にそびえる、地上8F地下1F、総床面積1800坪の日本最大級の書店。1980年代に鹿島建設グループの書店として誕生した、大書店のはしり。京橋駅からも近い。
*2 丸善丸の内本店…東京駅丸の内北口の目の前、OAZO(オアゾ)1〜4Fに、2004年秋にオープン。総床面積1750坪と、こちらも日本最大級の書店であることはまちがいなく、八重洲BCとの競争に注目が集まる。千坪の日本橋本店も来春オープン。
*3 INAXギャラリー…タイル・住宅設備機器を幅広く扱う企業INAXの文化活動の一環として開設されたギャラリーの一つ。銀座ショールーム9Fに併設され「ギャラリー1」と「ギャラリー2」があるが、「INAXギャラリー」というと、「ギャラリー1」を指し、建築とその周辺を巡る企画展を開催。展示にあわせて「INAX BOOKLET」を編集し、「INAX出版」より発行、「ブックギャラリー」で積極的に販売する、という流れを持つ。ちなみに「ギャラリー2」は現代美術個展、焼きもの個展の「ガレリアセラミカ」もある。また、「ギャラリー1」の企画展は、ギャラリー大阪、ギャラリー名古屋へ巡回する。
*4 ロングテール… アマゾンなどネット小売店のビジネスモデルとして話題のキーワード。一般に小売店の売上は、その大部分をごく一部の売れ筋商品が占めるという。これをグラフ化すると、売れ筋以外の商品で、恐竜のしっぽのように長く伸びることから、ロングテールと呼ばれる。リアル店舗なら、在庫負担ゆえに排除される「死に筋」商品だが、在庫負担の少ないネット店舗で販売すれば、微々たる売上でも塵も積もって、軽視できない売上になるということ。
2006.11.20 取材・文 岩下祐子
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