工作舎40周年ベスト40+10 本は暗い玩具(オブジェ)である
3-書物と遊ぶ匣
本好きに捧げます。コンテンツはもちろん装幀や本文レイアウトにも心を尽くして。「書物と遊ぶ匣」の中身を工作舎スタッフの会話でご案内します。
キルヒャーの世界図鑑 |
スタッフA:まずは『キルヒャーの世界図鑑』をおすすめしましょう。なんといっても収録されている図版が摩訶不思議。表紙のヘンテコな塔は中国の仏塔で、中国がエジプト起源だという説を唱えたとか。 スタッフB:裏表紙の仏像モドキも一度観たら忘れられない。キルヒャーって17世紀当時の権威ある科学者なんですが、かなり独創的な解釈をした人です。科学革命と同時代にこんなにもイメージの混乱があって、それが今は逆に魅了されてしまうんです。 スタッフA:澁澤龍彦さん、中野美代子さん、荒俣宏さんの付論もそそりますよね。中でも澁澤さんのキルヒャー好きは有名で、最期の小説『高丘親王航海記』の表紙は『シナ図説』の中国の湖で、初版の表紙はパイナップルの木。 スタッフB:渋澤ファンにも興味をかき立てたキルヒャーの全貌を知る手頃な本ですね。その昔、工作舎から『シナ図説』の原典邦訳を計画して断念したと聞きましたが、近々『普遍音楽』を邦訳出版する予定だそうですよ。 | |
ケプラーの憂鬱 |
スタッフB:キルヒャーより35年前に生まれたのがケプラー。同時代人と言っていいのではないでしょうか。科学革命を担い、その主著、『宇宙の調和』『宇宙の神秘』はもちろん重要図書なのですが高額なので、ベスト40には『ケプラーの憂鬱』が入りました。 スタッフA:この本は、2005年にブッカー賞を受賞した実力派ジョン・バンヴィルの作品で、ケプラーの生涯を描いた伝記小説です。面白くないわけがない。タイトル通り、終始不運に見舞われ「憂鬱」なので気の毒になってしまう。科学史上に燦然と名を残す偉人なのにね。ケプラーを身近に感じさせる本です。 スタッフB:この作品でバンヴィルが日本に初紹介されたのですが、ケプラーの幾何学的精神を小説の構造に反映させた語り口が斬新と絶賛されました。 | |
狼女物語 |
スタッフA:海外文学といえば、今年3月に刊行した『狼女物語』は、久々の幻想文学。変身モノでは「狼男」が有名ですが、女だって変身します。女も男も区別しない「人狼」という言葉もありますから、吸血鬼と並んでマニアのいる分野ですね。 スタッフB:『狼女物語』は英国ヴィクトリア朝時代から20世紀初頭までの「狼女」モノを集めた短編集。 スタッフA:時代が新しいものからさかのぼって掲載されて、時代とともに「狼女」へのまなざしが変化したことがわかります。冒頭の「イーナ」では狼女の健気さが胸を打ちますが、前の時代にあたる2作目以降は、性悪雌狼が美女に変身して男をたぶらかすというストーリー。いや獣性を秘めて苦しむ美少女狼もいます。 スタッフB:その悪女っぷりも格好いいと一部には評判です。ヴィクトリア朝時代の女性観とあわせて読むのがより読後感が深まると説明してくれる、編者のウェルズ恵子さんの解説も必読です。 | |
本読みまぼろし堂目録 |
スタッフA:幻想文学が出てきたので荒俣宏さんを紹介しないわけにはいきませんね。『本読みまぼろし堂目録』は荒俣さんの書評集、兼、大ブックガイド。500頁を超える大作なのに本体2500円はかなりお得。 スタッフB:荒俣さんはたしかに幻想文学の翻訳からスタートされましたが、その後の博物学から風水、妖怪、図像などに興味の対象が広がり、とにかく博覧強記。この本でその博識ぶりをかいま見てください。 | |
書物の灰燼に抗して |
スタッフA:博識な点では四方田犬彦さんもすごい。エンターテインメントの荒俣さんよりもぐっとアカデミックですが、『書物の灰燼に抗して』は、四方田さん本来の専門「比較文学」を冠した初の論集です。 スタッフB:タルコフスキー、ウォーホル、グリナウェイ、キーファ、パウンド、パゾリーニ、フォークナー、デュラス、ル・クレジオと、この本で俎上にあげた作家の名前をみても刺激的。四方田さんは映画評論家としても著名ですから映画作家が多いわけですが、比較文学論集だけに映画と文学、詩の交点を描いて読み応えがあります。 スタッフA:ちなみに『書物の灰燼に抗して』は最終章のタイトル。空爆されて廃墟となったサラエヴォ図書館の前にたたずんだときの思索が綴られるのですが、3.11を経験した今の時代に重なります。 | |
新・文學入門 |
スタッフB:軽妙な対談ですが、『新・文學入門』も博識ですよ。岡崎武志さんと山本善行さんという古本界の名コンビが、古本、絶版文庫、随筆、詩集について語り尽くしています。 スタッフA:中でも文學全集を立ち上げる章が秀逸で、二人の責任監修で「気まぐれ日本文學全集」全60巻を構想するという趣向。架空の全集の装幀までデザインして写真まで撮って収録したというこだわりぶり。 スタッフB:その第20巻が上林暁で、山本さんによる目次案も収録されているのですが、今年7月夏葉社さんから「上林暁傑作小説集『星を撒いた街』」が出て評判を呼んでいます。もちろん山本善行撰。みすず書房「大人の本棚」シリーズの岡崎武志編『夕暮の緑の光 野呂邦暢随筆選』といい、二人が推す作家たちは渋くて通好みの良書。『新・文學入門』には他にも忘れられていた作家がたくさん挙げられているので、ネタの宝庫なんです。 | |
古書の森 逍遙 |
スタッフA:古本つながりでいくと黒岩比佐子さんの『古書の森 逍遙』をご紹介したい。昨年11月に急逝されました。遺作『パンとペン』は渾身の作で、死後に読売文学賞を受賞されました。 スタッフB:『古書の森 逍遙』は黒岩さんのブログ「古書の森日記」をまとめたもの。村井弦斎や国木田独歩など明治・大正期のジャーナリストを追いかけた黒岩さんが、資料収集の過程ではまった古書展めぐりを綴った人気ブログです。 スタッフA:癌を発病した黒岩さんを応援しようと2010年6月に刊行しました。古本仲間のみなさんの協力で、東京古書会館や三省堂、東京堂と連携して刊行記念イベントを盛大に行ったのも懐かしい。東京古書会館では岡崎武志さんとのトークセッションもあり、黒岩さんも楽しそうにお話しされていましたね。また夏にはジュンク堂京都BAL店でフェアを行い、岡崎さん、山本善行さんらのsumus同人のみなさんに無償でご協力いただきました。そういえば11月に一周忌のイベント「語り継ぐ 黒岩比佐子の会」があるそうですよ。死してなお愛され続ける人です。 スタッフB:この『古書の森 逍遙』について言えば、ブログをそのまま収録したのではなく、厳選した220冊の書籍を刊行順に並び替えてあるため、明治・大正・昭和の時代性と出版文化の関連を読み取ることができるんです。それに各書籍には関連書籍へのナビゲートもされているという細かさ。この凝り方はすごい。 | |
人間人形時代 |
スタッフA:本の可能性を追求してますよ。ブックデザインから本の可能性を追求して大きな影響を与えてきたのが杉浦康平さん。その代表作のひとつして語り継がれているのが、『人間人形時代』です。稲垣足穂を敬愛する松岡正剛さんとの熱心な打ち合わせの中から生まれたデザインだと聞きました。 スタッフB:この本が今でも斬新なのは、本の中央に孔をあけたこと。足穂のA感覚/V感覚を表現しています。「カフェの開く途端に月が昇った」「人間人形時代」「宇宙論入門」の3部構成で、2部の「人間人形時代」がパラパラ漫画になっているのもユニーク。 スタッフB:この本が75年刊行で、4年後の79年に伝説の書となった『全宇宙誌』が世に出ることになります。『人間人形時代』の漆黒の宇宙に白ヌキの星々を散りばめた表紙、目次への導入部の流れは『全宇宙誌』に受け継がれたのです。杉浦-松岡コンビの金字塔のうち、『全宇宙誌』は増刷不可能だけれど、『人間人形時代』はこうして売ることできて誇りに思います。この40周年フェアにあわせて増刷したばかり。なにしろ、40周年のメインコピーは、この本で長年使われたキャッチコピ−「本は暗い玩具である」から採用されたのですから。 | |
宇宙を叩く |
スタッフA:杉浦さんと言えば、アジア図像にも造詣が深く、90年代から「万物照応劇場」というシリーズを版元を違えて出版しました。その中で今唯一入手できるのが『宇宙を叩く』。 スタッフB:このブックデザインもきらびやかで、隅々にまで神経が行き届いた美しさ。古代中国や韓国に伝わる「建鼓」という太鼓と、日本の「火焔太鼓」から、アジアの宇宙観/自然観を読み解く壮大な試みの本です。 スタッフA:去年から杉浦さんの執筆・インタビューなどをまとめた「デザインの言葉シリーズ」がはじまりましたね。第1弾の『多主語的なアジア』、第2弾の『アジアの音・光・夢幻』からは、アジアへと向かった動機や、杉浦イズムと称されるデザインを流れる気脈がコトバとなって読めます。 スタッフB:ちょうど武蔵野美術大学美術館で「杉浦康平・脈動する本 デザインの手法と哲学」が開催中です。これは膨大な書籍デザインを集成したもので、その図録は雑誌デザイン集『疾風迅雷』と対をなすそうです。図録は会場限定販売、行くしかないですね。 | |
記憶術と書物 |
スタッフA:さて最後になりましたが、『記憶術と書物』は中世ヨーロッパの書物に焦点をあてた大著。 スタッフB:序論から「中世ヨーロッパでは記憶力が重視され、書物は記憶のための道具にすぎなかった」と宣言してしまう、驚きの書なんです。写本の欄外に配置された奇怪な絵柄も、索引も記憶するために生まれたものだなんて。 スタッフA:刊行当時から中世研究者の池上俊一さんや、書誌研究者の紀田順一郎さんなどの書評をいただきましたが、極めつけは刊行後10年以上経ってからの松岡正剛さんの千夜千冊・遊蕩篇1314夜で採り上げていただいたこと。この本の今日性をうまく喧伝されたので、残りわずかな在庫も瞬く間に品切れになり、古書価が数万円にはねあがり、そして復刊にいたったのでした。 スタッフB:本体価格8000円とお値段ははりますが、「書物とは何か?」を問う上でも読んでおきたい本。書物を愛する人におすすめします。 スタッフA:今回はずいぶん長くなってしまいましたね。 スタッフB:書物やブックデザインだけに、語りたいことが多くてね。反省します。 |