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ライプニッツ通信II

第30回 日本ライプニッツ協会第9回大会


 モナドには、そこを通って何かが出はいりできるような窓はない。

ライプニッツの命日の3日後の11月17日、鷲田清一選「折々のことば」(935: 朝日新聞)に『モナドロジー』(清水富雄・竹田篤司訳)からの引用が掲載されました。

つづく18・19日、日本ライプニッツ協会第9回大会が学習院大学の中央教育研究棟で開催されました。
第I期『ライプニッツ著作集』編集中、ハノーファーのアルベルト・ハイネカンプ先生をご紹介くださった門脇卓爾先生のもとに通ったおりは、前川國男設計のピラミッド校舎が「中央教室」として健在だったこと、今は門脇先生の後任・酒井潔教授が日本ライプニッツ協会の会長として海外とのネットワークの活性化をはかり第II期の監修にあたってくださっていることなど、感慨にふけりながら中央教育研究棟12階の国際会議場に向かいました。

◎ 第1日目は以下の研究発表2件と特別講演2件(以下敬称略)

1 上野里華(学習院大学)/佐々木能章司会
『人間知性新論』における「傾向」と「習慣」──ともに「傾向」と訳されるinclinationを力の概念としてのtendenceと区別し、inclinationを微小表象に発して理性が命ずる快に向かう習慣を確立する契機として捉え直す

2 丸山諒士(立教大学)/谷川多佳子司会
可能な世界による偶然、世界の無限による偶然:ライプニッツの偶然性再考──ライプニッツにとっての自由の三要件(叡智、自発性、偶然)のひとつである偶然を、可能的世界の観点と命題の無限分析の観点から詳論

特別講演1 ヴィンチェンツォ・デ・リジ(フランス国立科学センター)/稲岡大志司会・通訳
ライプニッツの位置解析とモナドの場所化──旧来の空間観の持主だったライプニッツが、1675年、パリでパスカルの『幾何学入門』(1657)を読み、点の位置関係によりなりたつ空間観へと大転換をとげ、位置解析の新領野をひらき、晩年には位置関係を表象するモナドにより、窓がないモナドがいかに現象世界とかかわるのかを明らかにしたとする、英語による刺激的な論考

特別講演2 ノーラ・ゲーデケ(ハノーファー・ライプニッツ文書室)/酒井潔司会・通訳
「理論と実践」:歴史家ライプニッツの工房における史料編纂作業──第II期・第2、3巻の主題でもある「理論と実践」をキイワードとして、歴史家ライプニッツの法学を背景にした史料批判、エルンスト・アウグスト公爵を選帝侯にしたヴェルフェン家史編纂の苦労、助手に指示しながらさまざまな史料を切り貼りしては証拠とし、信頼にたる歴史を編んでゆくライプニッツのようすをいきいきとドイツ語で披露

懇親会(輔仁会館2階桜ラウンジ)では、参会者それぞれ独・英・仏・日本語による一言スピーチ

◎ 2日目は、1日目につづく研究発表からスタート

3 大西光弘(立命館大学)/長綱啓典司会
「分別的」と「ふさわしい」と「物的」──distinct, adequate, real の3用語を、既訳の「判明な」、「十全な」、「実在的/事象的」ではなく、それぞれ表題のように訳せば、わかりやすくなることもあると試論

4 根無一信(京都大学)/伊豆藏好美司会
ライプニッツ自由論と占星術:「星々は傾かせるが強いない」についての諸々の覚書──アウグスティヌスやカルヴァンの予定説に対し、占星術の俗諺から「(神は)傾かせるが強いない」として自由論を展開したライプニッツは、「星の示す宿命は絶対的必然ではない」として、占星術を受容しつつも自由を確保したトマス・アクィナスに近いことを紹介

5 町田 一(関東学園大学)/山田弘明司会
最善世界の神学:アベラルドゥス - ライプニッツ プログラム──ライプニッツは『弁神論』でアベラルドゥス(アベラール:エロイーズとの熱愛で後世に名を残す)の神学を神の至高性をそこなうものとして批判したが、逐一検討すると、両者の最善世界観はかなり近いところがあると精査

6 手代木陽(神戸市立工業高等専門学校)/松田毅司会
ヴォルフにおける「可能性の補完」としての現実存在──ライプニッツからカントへとドイツ哲学の橋渡し役を果たしたC・ヴォルフが、現実存在を「可能性の補完」と位置づけたことを『ドイツ語形而上学』をはじめとする典拠を示して検討

* 新刊紹介

山田俊弘『ジオコスモスの変容:デカルトからライプニッツまでの地球論』(勁草書房 2017.2)──第22回でも紹介した本を日本ライプニッツ協会会員でもある著者自らが紹介。博士論文執筆中、駒場東大裏にあった工作舎を訪れて『プロトガイア』の手稿中に円錐曲線のスケッチを見出して以来の執筆経緯を披露

根無一信『ライプニッツの創世記:自発と依存の形而上学』慶應義塾大学出版会 2017.8)──無人島でひとり生活する少年は、「誰にも依存せずに生きていると言えるだろうか」という実体験にもとづく冒頭の問いにはじまり、「自発性」と「依存性」の併存するライプニッツ形而上学の妙を論じた内容を紹介

また、特別講演されたお二人は、大会前後にも以下のような講演をされました。
◎ ヴィンチェンツォ・デ・リジ
11月17日(神戸大学文学部A棟1階学生ホール)
 「空間の数学化:空間の形而上学と近世初期の幾何学との関係」
11月20日(神戸大学東京オフィス会議室)
 「近世初期の公理の証明:ライプニッツのプログラム」(数理哲学ワークショップ:ライプニッツから近代へ)

◎ ノーラ・ゲーデケ
11月9日(学習院大学北2号館10階1005室)
 「ライプニッツと彼の文通」──ライプニッツの膨大な書簡からうかがえる「学者の共和国」の内実

今年もたいへん充実した大会となりましたが、いつも講演後の討議や懇親会の話題をもりあげてくださった福島清紀氏と橋本由美子氏の不在を改めて実感し、ご両人の笑顔をもう見られないと思うと、寂しさがつのりました。

(十川治江)


学習院大学中央教室
2008年に惜しまれつつ解体された学習院大学中央教室(前川國男=設計)
ウルトラセブンのロケ地となったことでも知られる





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